緒方四十郎
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生い立ち
1927年、東京府にて緒方竹虎の三男として生まれた[1][2][3]。
東京女子高等師範学校付属幼稚園(現・お茶の水女子大学附属幼稚園)[4]、成蹊小学校、旧制・成蹊高等学校(文科乙類)を経て[5]、1950年に東京大学法学部を卒業した[6]。同年、日本銀行に入行した[6]。
銀行家として

日本銀行においては、アメリカ合衆国研修にて1954年にフレッチャー法律外交大学院の修士課程を修了し、ロンドン駐在などを経て、1971年に岡山支店の支店長に就任した。同年8月のニクソン・ショックの際には、外国局の総務課にて課長を務めており、混乱する市場への対処にあたった[1]。その後、外国局の次長を経て、1975年にはニューヨーク駐在参事となった。
1979年、日本銀行の外国局にて局長に就任した。1981年、日本銀行の理事に就任し、国際関係を統括した。1985年9月にアメリカ合衆国で開催された先進5か国蔵相・中央銀行総裁会議においては、日本銀行総裁の澄田智に随行した[1]。なお、このときの先進5か国蔵相・中央銀行総裁会議において、プラザ合意が発表された[1]。
日本銀行退職後は[1]、1986年より日本開発銀行の副総裁を務めた[6]。その後、1991年に副総裁を退任した[6]。

