伊藤隆 (歴史学者)

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死没 (2024-08-19) 2024年8月19日(91歳没)
国籍 日本
伊藤 隆いとう たかし
誕生 (1932-10-16) 1932年10月16日
日本の旗 日本東京府東京市
死没 (2024-08-19) 2024年8月19日(91歳没)
職業 歴史学者
国籍 日本
教育 文学博士
最終学歴 東京大学大学院人文科学研究科
東京大学文学部国史学科
活動期間 1963年-
主題 日本近現代政治史(特に昭和戦前期政治史)
文学活動 オーラル・ヒストリー
新しい歴史教科書をつくる会
日本教育再生機構
デビュー作 「日本近代史研究の二、三の問題-岩波講座「日本歴史」近代(1~4)によせて」(『歴史学研究』1963年7月)
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伊藤 隆(いとう たかし、1932年昭和7年)10月16日 - 2024年令和6年)8月19日)は、日本歴史学者東京大学名誉教授。専攻は日本近現代政治史。

日本近代史、特に昭和戦前期政治史研究の重鎮で、多くの近代日本一次史料の発掘公刊を代表として精力的に行った。日本教育再生機構顧問、新しい歴史教科書をつくる会元理事。国家基本問題研究所理事。

人物・主張

「革新派」論の展開

伊藤は東大助手時代の1966年に発表した論文「ロンドン海軍軍縮問題をめぐる諸政治集団の対抗と提携」を端緒として、第一次世界大戦から太平洋戦争の終戦までの日本近代史を「一体となった支配勢力は存在せず、国内政治過程において革新的な勢力が現状維持的な勢力に勝利を収める過程」と位置づけることで、天皇制ファシズム論に否定的な分析視角を提示した[注 1]

1976年に、岩波書店の『思想』誌で「昭和政治史研究への一視角」と題する論文を発表、日本近代史研究で用いられる「ファシズム」概念の定義が不明確であり、学問的な概念とは言えないと評価したことから、歴史学者粟屋憲太郎や政治学者の山口定などを相手として、いわゆる「ファシズム論争」を展開することとなった[注 2]

伊藤の提示した実証研究重視の手法は、実証性において問題を抱えていた天皇制ファシズム論の衰退に拍車をかけ、かつ、天皇制ファシズム論を支持する歴史研究で絶対的とされた戦争責任の相対化を生じさせた[注 3]

近年[いつ?]も個人が所蔵する私文書・日記類の収集・整理・刊行や、オーラル・ヒストリーの記録整理を行っている。

歴史教育への参画

近年は[いつ?]保守の政治運動に参画している。伊藤は研究当初は左派の知的影響下にあったことを告白しているが[4]、その後の自らの研究や来歴は「左翼の歴史家と論争してきた」ものであったと語っており[注 4]新しい歴史教科書をつくる会にも発足時から参加した。理事を務め、扶桑社の中学校歴史教科書執筆者の一人となった。「つくる会」でも数少ない専門の歴史研究者として重きをなした。

しかし、内紛が続いた「つくる会」に嫌気がさしたとして2006年3月に理事を辞任した。辞表の中で創設メンバーの一人である藤岡信勝を激しく批判し、「私が積極的に参加していた時期にも繰り返し内紛が繰り返されていた、その際必ず藤岡信勝氏がその紛乱の中心の当事者であったこと、それがこの会の発展の阻害要因ともなってきた」[5]と述べた。「つくる会」を退会した八木秀次らが同年10月に結成した「日本教育再生機構」の設立に代表発起人として関与し顧問に就任。同機構が事務局を務める有識者組織、教科書改善の会の賛同者に名を連ねた。「つくる会」と絶縁した扶桑社の教科書発行を継続する育鵬社の歴史教科書編集会議座長を務めている[6]

近年政治化した慰安婦問題についても日本の責任を否定する立場であり、アメリカ合衆国下院121号決議に反対している。チャンネル桜が中心となって在日アメリカ大使館に手渡した抗議書にも賛同知識人として名を連ねた[7]。他にも、保守系シンクタンク国家基本問題研究所理事[8]や、南京事件を扱った映画「南京の真実」賛同者に加わっている[9]

また、沖縄戦における集団自決について、日本軍が関与したとの断定的記述をしないよう高校教科書検定で検定意見が出された際、教科書調査官や検定審議委員が伊藤の共同研究経験者や門下生であった事が「『つくる会』元理事の関係者が教科書検定に関与した」として話題となった[10]。衆議院においても石井郁子によってこれが問題として取り上げられた[11]

評価

日本近代史の第一人者という評価がある[12][13][14]

猪口孝は、『中央公論』1995年1月号の伊藤隆と佐藤誠三郎の対談「あの戦争とは何だったのか」を取り上げ、「最も優れた日本近代史研究者と言いうる故佐藤誠三郎と伊藤隆」と記述している[15]

山本博文竹内洋は伊藤の回想記『歴史と私』(2015年)[注 5]2016年新書大賞においてベストに選択している[16]。山本は伊藤について、日本の歴史学界で異端視されていた、と述べている[16]

著名な門下生

著書

脚注

外部リンク

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