耶律忙古台

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耶律 忙古台(やりつ マングタイ、生没年不詳)は、モンゴル帝国に仕えた契丹人。モンゴル帝国建国の功臣の一人の耶律阿海の長子にあたる。同族の耶律忙古帯は同名の別人。

忙古台はモンゴル帝国建国の功臣の耶律阿海の息子で、兄弟には耶律綿思哥耶律捏児哥らがいた。

忙古台はチンギス・カンの在世中に御史大夫の職を授けられ、虎符を佩し、監戦左副元帥官・金紫光禄大夫の地位を得たという。さらに契丹・漢軍を率いて中都を守ったが、若くして亡くなった。忙古台は子をもうけないまま亡くなり、捏児哥は蒲鮮万奴に一家まとめて殺されてしまったため、阿海の家系は綿思哥の子孫のみが残った[1]

桓州耶律家

脚注

参考文献

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