聖霊論
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旧約聖書
ディデュモスの聖霊論
- 「聖霊は非物体的な方である。聖霊は不可変の方である。限定されない方である。本性的に聖なる方である。聖化する方である。聖霊はその実在で被造物を満たす。聖霊は唯一の方である。聖霊は参与される方である。聖霊は豊饒かつ満ち溢れる賜物である。」[2]
エルサレムのキュリロスの聖霊論
- 「あなたも聖霊を信じなさい。父と子についてあなたが受けたのと同じ考えを、聖霊についても持ちなさい。そして、聖霊について冒涜的なことを教える者たちに従ってはなりません。しかし、この聖霊は一つであり、分割できず、多様な力を持ち、多くの働きを持ちながらも、それ自体は分割されないことを学んでください。聖霊は奥義を知り、すべてのこと、神の深みさえも探究します。聖霊は鳩の姿で主イエス・キリストの上に降り、律法と預言者の書に働きかけ、今も洗礼の時期にあなたの魂に印を押します。神の聖性をすべての知的性質は必要としている。もし聖霊を冒涜する者は、この世でも来世でも、赦しを得られない。「聖霊は父と子とともに」神の栄光をもって讃えられている。王座も、主権も、支配権も、権力も神を必要とする。キリストの父である唯一の神がおられ、唯一の神の独り子である主イエス・キリストがおられ、すべてのものを聖別し神格化する唯一の聖霊がおられ、律法と預言者、旧約聖書と新約聖書において語ったのです。」[3]