膝折町
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河川
歴史
もとは江戸期より存在した新座郡野方領に属する膝折村、古くは戦国期より見出せる新座郡のうちの膝折の里であった[5]。
- はじめは一部が幕府領で、殆どが旗本佐野氏の知行地であったが、その後は全域が幕府領となる[5]。
- 1869年(明治2年)1月13日 武蔵知県事・古賀定雄の管轄区域に品川県を設置。品川県の管轄となる。
- 1871年(明治4年)11月14日 - 第1次府県統合により、品川県が廃止され、入間県の管轄となる。
- 1873年(明治6年)6月15日 - 入間県が群馬県と合併し、熊谷県となる。
- 1875年(明治8年) - 一乗院の境内を仮用して膝折小学校を開校[5]、児童数75人。
- 1876年(明治9年)8月21日 - 第2次府県統合により、埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した新座郡に属す。
- 1884年(明治17年) - 連合戸長制の実施により、膝折村連合戸長役場を設置する。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、膝折村・溝沼村・岡村・根岸村と合併し新座郡膝折村が成立、旧膝折村は新座郡膝折村の大字膝折となる。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 郡制が施行され、翌月1日に新座郡が北足立郡に編入され、北足立郡膝折村となる。
- 1914年(大正3年)5月1日 - 地内に東上鉄道膝折駅(現東武東上本線朝霞駅)が開業する。
- 1932年(昭和7年)5月1日 - 町制施行及び改称により、朝霞町の大字となる。また、東京都駒沢町の東京ゴルフ倶楽部が地内に移転する(キャンプ・ドレイク#キャンプ・サウスを参照)。当時の名誉会長朝香宮鳩彦王の名前が「朝霞」の名前の由来となる[6]。
- 1967年(昭和42年)3月15日 - 市制施行により朝霞市の大字となる。
- 1970年(昭和45年)5月1日 - 第1次住居表示の実施に伴い[7]、大字膝折の大部分から膝折町一丁目〜四丁目が成立 [5]。また、大字膝折の一部が幸町一丁目〜三丁目、本町一丁目〜三丁目の各一部となる[8]。
- 1977年(昭和52年)5月5日 -、大字膝折の一部から膝折町五丁目が成立[5][9]。
- 1981年(昭和56年)8月1日 - 大字膝折の一部が泉水一丁目〜三丁目、三原一丁目〜五丁目の各一部となる[10]。
- 2004年(平成16年)11月7日 - 大字膝折の一部が青葉台一丁目の一部となる[10]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
| 丁目・大字 | 番地 | 小学校 | 中学校 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 膝折町一丁目 | 3番・4番 | 朝霞市立朝霞第一小学校 | 朝霞市立朝霞第一中学校 | |
| その他 | 朝霞市立朝霞第四小学校 | |||
| 膝折町二丁目 | 全域 | |||
| 膝折町三丁目 | 全域 | 朝霞市立朝霞第一小学校 | ||
| 膝折町四丁目 | 全域 | |||
| 膝折町五丁目 | 9番 | |||
| その他 | 朝霞市立朝霞第四小学校 | 8番について、小学校は調整区域となっています。 | ||
| 膝折 | 全域 |
交通
町内を通る鉄道はない。最寄り駅は朝霞駅(東武東上本線)、北朝霞駅(武蔵野線)・朝霞台駅(東武東上本線)、又は新座駅(武蔵野線)である。
道路
- 国道254号(川越街道)
- 埼玉県道36号保谷志木線
- 埼玉県道79号朝霞蕨線
- 埼玉県道109号新座和光線(旧川越街道)
- ひざおり通り
施設
5丁目には商業施設以外の施設は存在しない。
- 1丁目
- 膝折市民センター(ひざおり児童館併設)
- ゆりの木保育園
- 菩提樹の森幼稚園
- 真言宗智山派一乗院
- 膝折第三児童遊園地
- 2丁目
- 膝折郵便局
- 膝折市街地住宅
- 子の神氷川神社
- 3丁目
- ひざおり水車広場
- 4丁目
- 朝霞市西朝霞公民館(図書室併設)
- 朝霞市立朝霞第一小学校
- 一乗院閻魔堂(黒目山 閻魔寺)
- 島の上公園
- 北浦公園
- 東京電力パワーグリッド膝折変電所
- 大字膝折
- 陸上自衛隊 朝霞自動車教習所(一部)
- 埼玉県立朝霞西高等学校
- 朝霞市立朝霞第一中学校
- 青葉台公園