與喜天満神社
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位置
北緯34度32分05.9秒 東経135度54分41.6秒 / 北緯34.534972度 東経135.911556度座標: 北緯34度32分05.9秒 東経135度54分41.6秒 / 北緯34.534972度 東経135.911556度
主祭神
菅原道真
| 與喜天満神社 | |
|---|---|
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本殿 | |
| 所在地 | 奈良県桜井市初瀬14 |
| 位置 | 北緯34度32分05.9秒 東経135度54分41.6秒 / 北緯34.534972度 東経135.911556度座標: 北緯34度32分05.9秒 東経135度54分41.6秒 / 北緯34.534972度 東経135.911556度 |
| 主祭神 | 菅原道真 |
| 社格等 | 旧郷社 |
| 創建 | 946年(天慶9年) |
| 地図 | |
歴史
摂末社
文化財
重要文化財
- 木造天神坐像
- 衣冠束帯姿に「怒り天神」とも呼ばれる引き締めたような表情をした寄木造の坐像であり、像内に「正元元年」(1259年)の銘があることから、現存する国内最古の天神像の彫刻とされている[2]。像の頭部内に十一面観音鏡像(鏡面に十一面観音像を刻んだ銅鏡)を納めており、天神の本地が十一面観音であることを示している[3]。かつては本殿にて人目に触れぬよう祀られていたが、現在は奈良国立博物館に寄託されている[2]。
その他

長谷寺が所蔵する重要文化財の甲冑5点(白糸威鎧(大袖付)・赤糸威鎧(大袖付)・鷹羽威鎧(大袖付)・三目札鎧・藍韋威肩赤大袖)は、かつては同寺の鎮守社であった與喜天満神社に伝来しており、1560年(永禄3年)に北畠教謙が廊坊宗賢へ、松永久秀との合戦における戦功を賞して自分の鎧を与えたものを1592年(天正20年)に同社へ奉納したとされる[4][5][6][7][8]。