花岡鉱山
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| 花岡鉱山 | |
|---|---|
| 所在地 | |
| 所在地 | 大館市 |
| 都道府県 | |
| 国 | |
| 座標 | 北緯40度19分17秒 東経140度32分50秒 / 北緯40.32139度 東経140.54722度座標: 北緯40度19分17秒 東経140度32分50秒 / 北緯40.32139度 東経140.54722度 |
| 生産 | |
| 産出物 | 閃亜鉛鉱、方鉛鉱 |
| 歴史 | |
| 開山 | 1885年 |
| 閉山 | 1994年 |
| プロジェクト:地球科学/Portal:地球科学 | |
戦後
1885年に秋田県北秋田郡花岡村[1]で発見された。主要な鉱石は黒鉱と呼ばれる閃亜鉛鉱や方鉛鉱であり、良質な鉱石からは亜鉛や鉛のほか、金や銀などの貴金属も採取していた。日本の金属鉱山としては珍しく、大規模な露天掘りが行なわれていた。
1916年、鉱石輸送専用の鉄道が藤田組によって大館駅 - 松峯駅 - 花岡駅を結んで普通鉄道として開業した(1985年廃止)。
1945年6月30日には中国人労務者が過酷な労働や虐待による死者の続出に耐えかね蜂起した花岡事件が発生する[2](請負元であった鹿島組がのちに公式的に謝罪・和解した)。
戦後は松峰鉱山、深沢鉱山(1969年鉱床発見)、餌釣鉱山(1975年鉱床発見)など支山の開発に注力し、人工天盤下向充填採掘法やトラックレス鉱石運搬方式等のさまざまな面で新技術を導入するなど、積極的に事業を展開した。
国内屈指の鉱山として操業を続けてきたが、1994年(平成6年)に採算性の問題から採掘を終了した。