和名ヶ谷
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地価
歴史
和名ヶ谷地区は、もと葛飾郡に属し、1889年(明治22年)の町村制施行時には東葛飾郡八柱村であった。八柱村は1938年(昭和13年)、松戸町に編入。もともとこの地区は雑木林であった。1976年に美野里ハイタウンが建設された。美野里ハイタウンは1980年代後半に最盛期を迎えたが、1993年頃になると、空き部屋が目立つようになり、2004年に住民は立ち退かされた。
和名ヶ谷地区の人口は平成10年10月1日(984世帯・3,109人)から令和2年7月末日(2,571世帯・6,444人)[5]までの22年で約2倍近くになっている。
沿革
- 1873年(明治6年) - 木更津県と印旛県の合併により千葉県が設置される。
- 1889年(明治22年) - 紙敷・大橋・秋山・高塚新田・和名ヶ谷・河原塚・田中新田・串崎新田の8か村が合併して八柱村が発足する。「八柱」は、8か村が合併したことによる瑞祥地名。
- 1933年(昭和8年) - 松戸町が明村と合併
- 1938年(昭和13年) - 松戸町が八柱村を編入
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 東葛飾郡松戸町・高木村・馬橋村が合併し市制施行、松戸市となる(千葉県では7番目)。
- 1957年(昭和32年) - 和名ヶ谷小学校設立
- 1976年(昭和51年) - 美野里ハイタウン建設
- 1982年 (昭和57年) - 和名ヶ谷中学校設立
- 1995年(平成7年) - 和名ヶ谷クリーンセンター設立
- 2004年(平成16年) - 美野里ハイタウンの住民立ち退き完了
- 2012年(平成24年) - 新東京病院設立
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 1~30番地 | 松戸市立河原塚小学校 | 松戸市立和名ケ谷中学校 |
| その他 | 松戸市立和名ケ谷小学校 | 松戸市立和名ケ谷中学校 |
交通
道路 ・国道464号線
鉄道
バス
- 京成バス千葉ウエスト松戸東営業所
- 4系統:松戸駅東口 - 野菊野団地 - フィオリの丘 - 陣ヶ前 - 三矢小台
- 4A系統:松戸駅東口 - 野菊野団地 - フィオリの丘 - 陣ヶ前 - 和名ヶ谷スポーツセンター - 新東京病院
- 4B系統:松戸駅東口 - 野菊野団地 - フィオリの丘 - 陣ヶ前 - 和名ヶ谷スポーツセンター - 新東京病院 - 和名ヶ谷スポーツセンター - 三矢小台
- 16A系統:松戸駅東口 - 分実 - 陣ヶ前 - 大橋 - 五中入口 - 市立東松戸病院
- 16系統:松戸駅東口 - 分実 - 陣ヶ前 - 大橋 - 秋山駅 - 梨香台団地
- 16系統:松戸駅東口 - 分実 - 陣ヶ前 - 大橋 - 秋山駅 - 梨香台団地 - 市立東松戸病院
- 53A系統:松戸駅東口 - 如来堂前 - 和名ヶ谷中台 - 紙敷車庫
- 53系統:松戸駅東口 - 如来堂前 - 和名ヶ谷中台 - 東松戸駅
- 京成バス松戸営業所