苅部隆太郎
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | カルベ リュウタロウ | |||||
| ラテン文字 | KARUBE Ryutaro | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1992年12月19日(32歳) | |||||
| 出身地 | 東京都 | |||||
| 身長 | 188cm | |||||
| 体重 | 76kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2005-2007 |
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| 2008-2010 |
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| 2011-2014 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2015-2016 |
| 24 | (2) | |||
| 2017 |
| 14 | (6) | |||
| 2018 |
| 11 | (2) | |||
| 2018 |
| 11 | (0) | |||
| 2019 |
| 12 | (0) | |||
| 2019 |
| 12 | (1) | |||
| 2020 |
| 7 | (0) | |||
| 2021 |
| 0 | (0) | |||
| 通算 | 91 | (11) | ||||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
苅部 隆太郎(かるべ りゅうたろう、1992年12月19日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。Vリーグ1・サイゴンFC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
プロ入り前
川崎フロンターレU-15を経て、同U-18へ昇格。U-18では背番号「10」を付けて攻守の要として活躍し、同期の仲川輝人らと共にスカウトの注目選手に挙げられていた[1]。
しかし青山学院高等部卒業後のトップチーム昇格は叶わず、明治大学へ進学。3年次には本職のボランチではなくFWとしてプレーしIリーグで得点王となった[2]。4年次は再びボランチでプレーしチームを支えた[2]。
FC岐阜
ラモス瑠偉監督から直接オファーを受け[2]、2015年よりFC岐阜へ加入[3]。加入後はイケメンプレーヤーとしても注目された[4]。開幕戦から途中出場するなど一定の出場機会を得ていたが、4月29日の第10節V・ファーレン長崎戦で右膝を負傷し手術を受けた[5]。
2016年は一時期センターバックでも起用され夏場まではレギュラーとして出場を続けていたが、膝の怪我を理由に9月16日に契約を解除して一旦現役を引退した[6]。なお、自身の強い希望によりセレモニー等は行われなかった[6]。
海外
2017年8月、インドネシア・リーガ1のプルセル・セルイに入団し、現役復帰。
2018年2月9日、ベトナムVリーグ1のFLCタインホアFCに加入。翌2月10日のAFCカップ2018グループリーグの対グローバル・セブFC戦に先発フル出場し、1-0での勝利に貢献した。
2018年6月2日、タイのチャイナート・ホーンビルFCに移籍[7]。クラブのタイ・リーグ1残留に貢献した。
2018年12月13日にマレーシアのクアラルンプールFAと契約して[8]、2019年シーズンを戦ったが、2019年6月21日にチャイナート・ホーンビルに復帰[9]。しかし、今回はタイ・リーグ2降格を回避することはできなかった。
2020年12月、サイゴンFCに移籍したが、外国人選手枠の関係から、選手ではなくフロントとしてマーケティング等を担当[11]。しかし同年4月18日、松井大輔・高崎寛之・禹相皓の3選手が登録解除となるのと入れ替わりに選手登録され、またも現役復帰した[12]。
所属クラブ
- ユース経歴
- プロ経歴
- 2015年 - 2016年9月
FC岐阜 - 2017年
プルセル・セルイ - 2018年2月 - 6月
FLCタインホアFC - 2018年6月 - 12月
チャイナート・ホーンビルFC - 2018年12月 - 2019年6月
クアラルンプールFA - 2019年6月 - 12月
チャイナート・ホーンビルFC - 2020年
スパンブリーFC - 2021年 -
サイゴンFC