茅ヶ崎城

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城郭構造 丘城
天守構造 なし
築城主 後北条氏
築城年 15世紀後半頃?
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茅ヶ崎城
神奈川県
城址公園入口
城址公園入口
城郭構造 丘城
天守構造 なし
築城主 後北条氏
築城年 15世紀後半頃?
主な城主 座間氏?
廃城年 1590年(天正18年)頃?
遺構 空堀、堀切、土塁、郭、土橋、虎口
指定文化財 横浜市指定史跡
位置 北緯35度32分40.44秒 東経139度34分44.12秒 / 北緯35.5445667度 東経139.5789222度 / 35.5445667; 139.5789222
茅ヶ崎城の位置(神奈川県内)
茅ヶ崎城
茅ヶ崎城
神奈川県内の位置
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茅ヶ崎城(ちがさきじょう)は、神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎東2丁目25にあった日本の城港北ニュータウン遺跡群の1つ[1]。都会にありながら、中世城郭としては比較的よく遺構が残っている。横浜市指定史跡[2]。現在は茅ヶ崎城址公園として公園化している。

当地の地名は茅崎であるが、横浜市のページでは茅崎城および茅崎城址公園という表記が見られる[3]

茅ヶ崎城は治安年間(1021年~1023年)に多田行綱による築城とする言い伝えもあるが、正確な築城年代は分かっていない。発掘調査結果からは、15世紀後半に築城され、16世紀前半に改修があったと推定されている[4]。現在は、おそらく後北条氏による築城だろうと考えられているが、出土遺物扇谷上杉氏に関わりがあると見られる、器の底に渦巻き紋を入れた「ウズマキかわらけ[5]などが中心で、後北条の時代の遺物は発見されていない様である[6]

小田原衆所領役帳」によれば、茅ヶ崎一帯は小机衆の一員である座間氏の所領だったことから、茅ヶ崎城は小机城の支城で、座間氏が城代もしくは城番を勤めていたものと思われる。1590年(天正18年)の後北条氏滅亡とともに廃城となった。

遺構

中郭跡

1970年代に開発が始まった港北ニュータウン地域にあった268箇所の遺跡群(港北ニュータウン遺跡群)に含まれるが、開発当初から緑地化が検討されており、造成による破壊を免れた[1]。周辺は宅地化されているものの比較的よく遺構が残っており、曲輪(郭)、土塁空堀台の跡がはっきりと確認できる。また小堀切を含む一部の郭には立入りが出来ない。以前はただの雑木林だったが、1990年(平成2年)から1998年(平成10年)にかけて横浜市ふるさと歴史財団発掘調査[7][8]2005年(平成17年)より横浜市が茅ヶ崎城址公園として整備を進め、2008年(平成20年)6月28日に一部公開した[9]

2009年(平成21年)11月2日、横浜市指定文化財史跡)となった。

アクセス

脚注

参考文献

関連項目

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