荏原神社
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位置
北緯35度37分01秒 東経139度44分36秒 / 北緯35.61694度 東経139.74333度座標: 北緯35度37分01秒 東経139度44分36秒 / 北緯35.61694度 東経139.74333度
社格等
准勅祭社 旧郷社
| 荏原神社 | |
|---|---|
|
鳥居と拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 東京都品川区北品川二丁目30-28[1] |
| 位置 | 北緯35度37分01秒 東経139度44分36秒 / 北緯35.61694度 東経139.74333度座標: 北緯35度37分01秒 東経139度44分36秒 / 北緯35.61694度 東経139.74333度 |
| 主祭神 |
高龗神 天照皇大神 豊受姫之神 須佐男之尊 手力雄之尊 |
| 社格等 | 准勅祭社 旧郷社 |
| 創建 | 和銅2年(709年)[1] |
| 別名 | 天王社、貴布彌大明神[1] |
| 札所等 | 東海七福神 |
| 例祭 | 6月初旬の週末(天王祭) |
| 主な神事 |
貴布禰祭 大酉祭 |
| 地図 | |
荏原神社(えばらじんじゃ)は、東京都品川区北品川にある神社である。旧社格は郷社。別名を天王社、貴布彌大明神[1]という。「南の天王」とも呼ばれる[2]。また東海七福神の中の1社として恵比寿神を祀る。
歴史
和銅2年(709年)9月9日、大和国丹生川上神社より高龗神(水神)の勧請を受けて南品川に創建したのに始まる。
長元2年(1029年)に伊勢神宮より豊受大神・天照大神を勧請。
康平5年(1062年)、源頼義・義家は奥州安倍氏征伐に際し当社と大國魂神社に参籠し、品川の海中で身を浄める(※このことより、現在でも大國魂神社の神職は例祭のくらやみ祭に際し当社に参詣して禊を行う)。
宝治元年(1274年)に京都祇園社(八坂神社)より牛頭天王を勧請。
以降、源氏、上杉氏、徳川氏など多くの武家の信仰を受け、南品川の鎮守として崇敬さる。後に現在地に遷座。旧鎮座地には今も水神の貴布彌神社(きふねじんじゃ)があるように、もとは「品川貴船社」と称す。
明治元年(1868年)勅祭社に准ぜられた(准勅祭社という)[1][3]。 なお、荏原神社は品川貴船社=現荏原神社が准勅祭社に列せられたとしている[3]が、昭和50年(1975年)に12の准勅祭社を基に定めた東京十社においては、品川神社第十三代神主小泉帯刀(准勅祭社指定当時の神主)の文書を根拠に[要出典]品川神社が列した。現在、品川神社、荏原神社とも元准勅祭社を名乗っている。[1][4]
明治3年(1870年)、准勅祭社制度が廃され、改めて郷社に列した。
