荒川雄太
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プロ入り前
東京都大田区出身。小学2年生時に地元少年軟式野球チームの西六ジャガーズに入団。日大中時代は軟式の大森ホワイトスネークスでアジアAA選手権大会に日本代表として出場[1]。その後は日大高へ進学し、3年春の県大会優勝、夏は県大会準決勝で桐光学園の山室公志郎から本塁打を放つが延長11回サヨナラ負け[1]。高校通算26本塁打を記録した。

2005年の高校生ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスより1巡目指名[注 1]を受け入団。同年オフにFA権を行使しシアトル・マリナーズへ移籍した城島健司の後継者として期待され、入団当時は「ポスト城島」と称された[1]。
現役時代
2008年のファーム日本選手権では、適時打とスクイズで2打点を挙げる活躍を見せ、守備でも先発のルーキー岩嵜翔を好リードで1失点完投へと導き、優秀選手賞を受賞した[要出典]。
2009年シーズンはファームで40試合に出場するも打率.179と打撃面で課題を残し、2010年は怪我のため22試合の出場に留まり、打率も前年と同じく.179と低迷[2]、同年10月1日に戦力外通告を受けた。
その後、11月10日に開催された2010年度12球団合同トライアウト(第1回)に参加し[2]、打撃面では無安打に終わったもののリード面を評価され、11月11日に埼玉西武ライオンズが荒川を獲得することが公式発表され[3]、12月6日に入団会見が行われた[4]。この戦力外通告から西武との契約までの模様は2010年12月29日放送『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』において一部始終が放送された。
しかし、西武への移籍後も一度も一軍戦に出場することなく、2012年11月1日に現役引退を発表した[5]。
現役引退後
2013年からはブルペン捕手としてチームに残留[5]。ブルペン捕手以外にもファームマネジャー補佐やファーム用具補佐、人財開発スタッフを兼任した。
2022年10月28日、2023年から三軍バッテリーコーチを務めることが発表された。なお、ブルペン捕手も引き続き兼任する[6]。2024年からは、前述の職に加え、人財開発担当も兼務する[7]。2024年10月10日にコーチ契約の終了が発表された[8]。
詳細情報
年度別打撃成績
- 一軍公式戦出場なし
背番号
- 22(2006年 - 2010年)
- 63(2011年 - 2012年)
- 93(2013年 - 2019年)
- 103(2020年 - 2022年)
- 98(2023年 - 2024年)
- 105(2025年 - )