荒木直也
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店舗開発事業
1957年、兵庫県神戸市葺合区(現・中央区)生まれ、現在も神戸市在住である。
雲中小学校から中学受験で六甲中学校・高等学校[1]を経て、1981年(昭和56年)に京都大学経済学部を卒業する[2]。同年、株式会社阪急百貨店(現:エイチ・ツー・オー リテイリング)へ入社した。2004年同社執行役員。2010年株式会社阪急阪神百貨店取締役執行役員。2011年事業開発本部担当。2012年3月、阪急うめだ本店の建て替え完了をきっかけに、阪急阪神百貨店代表取締役社長[3]、エイチ・ツー・オー リテイリング代表取締役に就任した。
荒木は長年経営企画や新店舗開設などに関わり、西宮阪急、博多阪急、阪急メンズ東京などの出店を成功させた[4]。
2005年から執行役員博多出店室長として博多阪急の出店準備に取り組んだ。九州旅客鉄道(JR九州)との打ち合わせを50回以上行い、福岡出張の都度、岩田屋本店、博多大丸福岡・天神店、福岡三越といった百貨店を回り、内装、品ぞろえ、価格などを情報収集していた。天神の3百貨店については設備も充実しているほか、地下街などを介して一体化していることから「あたかも一つの百貨店のようになっていて、戦艦大和です」と述べた。一方、ジェイアール京都伊勢丹やジェイアール名古屋タカシマヤ、大丸札幌店などの成功から駅ビル百貨店には勝算があるとした。また、博多阪急はファッションや食品、兄弟会社の阪急電鉄に属する宝塚歌劇団のような文化事業も強みであると考えた[5]。
2008年から準備室を博多駅前に設置し、2011年3月、博多阪急はグランドオープンした。
社長就任後
会長の椙岡俊一や前社長の新田信昭らは、新店舗の構想から開業までの責任者としての実績を評価し、2012年3月1日付けで荒木を社長に昇格させることを決めた[4]。
社長就任直後、荒木は月刊神戸っ子のインタビューに対し、ハーバーランドにあった旧:神戸阪急の閉店をきっかけに神戸方面の商圏が手薄になったことを認めた。一方、当面はうめだ本店や西宮阪急へアクセスしやすい環境を整えるとしていた[3]。
ところが、一転して、ハーバーランドの開発経験も持つ鈴木篤(エイチ・ツー・オー リテイリング社長)らの尽力もあり、業績が低迷したそごう神戸店をグループで取得した。経営移管をスムーズに進めるため、当初はそごう神戸店の店名を維持した[6]。2019年、三宮に神戸阪急を新装開店することができた。2022年から2023年には非食品フロアの改装も行われた。
報道までそごう神戸店側のスタッフは経営移管のことを知らされていないなど、同店関係者には戸惑いもあった[7]。しかし、水島廣雄社長時代のそごう出身で、荒木と同い年の松下秀司店長(2013年就任、2021年退任)などスタッフに店づくりを主導させたことで、ハーバーランド時代やそごう神戸店よりも、地域密着をより強める運営になっている。
百貨店事業の方向性が決まったことを機に、2020年にエイチ・ツー・オー リテイリング代表取締役社長へ就任。阪急阪神百貨店社長は山口俊比古へ引き継いだ[注 1][8][9]。社長就任にあたって、「楽しい」「うれしい」「おいしい」の価値創造を通じ、お客様の心を豊かにする暮らしの元気パートナーであることをエイチ・ツー・オーリテイリンググループ全体のビジョンに定めた[10]。
エイチ・ツー・オーリテイリング社長としては、関西スーパーマーケットとの経営統合などに取り組んだが、これ以上百貨店の店舗を増やすことなどは、むしろリスクも高いと考えている。そのため、オンライン上でも顧客と接点を作ることを目指す[11]。
阪急阪神東宝グループの結束力強化のため、阪急電鉄などを中心とする阪急阪神ホールディングスの取締役も務める[12]。同様の目的で、同社CEOの角和夫もH2O取締役を務め、そごう神戸店取得などに前向きなコメントをしている。