菊池能隆
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幼少期
正治3年(1201年)に、肥後国で、父である菊池隆継(文治3年(1187年)~元久元年(1204年))と、武将の大友光能の娘のもとで生まれる。
本来は第8代当主と成るはずだった父の菊池隆継が、4歳の時に死去した事に由り、菊池氏第7代当主で祖父の菊池隆定(仁安2年(1167年)~承久4年(1222年)2月13日)の跡を継ぐ立場と成った事で、祖父の菊池隆定が死去した後に家督相続をして、菊池氏の第8代当主と成る。
承久の乱時代
承久3年(1221年)に起きた承久の乱で、まだ21歳の菊池能隆は、後鳥羽上皇に味方する。そんな中で、叔父の菊池家隆や菊池隆元らは宇治で戦うも、後鳥羽上皇が敗北してしまった事に由り、所領を大幅に削られてしまった。
エピソード
墓所
墓所は不明だが、玉名大神社に関連している。