蒲原神社 (新潟市)
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位置
北緯37度54分53.3秒 東経139度4分12.4秒 / 北緯37.914806度 東経139.070111度座標: 北緯37度54分53.3秒 東経139度4分12.4秒 / 北緯37.914806度 東経139.070111度
主祭神
椎根津彦命
神体
木造伝畠山重宗夫妻坐像
| 蒲原神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 新潟県新潟市中央区長嶺町3-18 |
| 位置 | 北緯37度54分53.3秒 東経139度4分12.4秒 / 北緯37.914806度 東経139.070111度座標: 北緯37度54分53.3秒 東経139度4分12.4秒 / 北緯37.914806度 東経139.070111度 |
| 主祭神 | 椎根津彦命 |
| 神体 | 木造伝畠山重宗夫妻坐像 |
| 社格等 | 式内社、旧郷社 |
| 別名 | 五社神社 |
| 例祭 | 6月30日夜から7月3日まで |
| 地図 | |
蒲原神社(かんばらじんじゃ)は、新潟県新潟市中央区長嶺町にある神社。本社は金鉢山に鎮座していた「青海の社」(おおみのやしろ)で、椎根津彦命を主祭神、五行の神(火の神、水の神、木の神、金の神、土の神)の他、学業の神さま、菅原道真公なども合祀されている。鎌倉時代初期の武士 畠山六郎重宗が言い伝えによって祭られていることから、別名「六郎さま」とも呼ばれている[1][2][3]。
配祀
歴史
創設期は大化の改新後律令によって神社制度が定められた時代と推定される[4]。1979年越後国蒲原郡の青海神社は延喜式に二座と記録されており、現在の加茂市の賀茂山にある青海神社(加茂大明神)と、現在の新潟市長嶺にある蒲原神社(五社神社)などとされている[5]。平安朝時代、椎根津彦が蒲原の港に土着して総鎮守として金鉢山(現在の新潟市中央区万代島付近[6])に鎮座し、青海神社と呼ばれた。南北朝時代、南北戦争の折に金鉢山に蒲原津城が建設され、[4]敗者側の山にあった青海神社は解体となり、神官も追放された。追放された神官は五行の神を祀り、五社宮として生き延びた。戦国時代末期、青海神社の生き残りがいると知った新発田重家が新たに社殿を建造し、五社宮は廃社のところを復興することができた。
1688年(元禄元年)の信濃川決壊により、元禄元年金鉢山から現在の場所に移転した。
1968年(昭和43年)には「蒲原まつり」の俗称が有名になったため「五社神社」から「蒲原神社」へと社名が変わった[7]。
境内
文化財
年中行事
- 御託宣(おたくせん)

