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薛剣

中華人民共和国の外交官 From Wikipedia, the free encyclopedia

薛 剣(せつ けん、簡体字中国語: 薛剑、拼音: Xuē Jiàn、1968年7月 - )は、中華人民共和国の外交官。江蘇省淮安市漣水県出身。駐日大使館での在外勤務や北京の本省勤務を経て、2021年6月より在大阪総領事[1][2]。

学歴

経歴

在大阪総領事として

2021年6月29日、在大阪総領事として着任[3]。薛が総領事に着任して間もない7月6日、神戸市と大連市の間で「連携・協力に関する覚書」の調印式がオンラインで開催され、神戸市から久元喜造神戸市長と安達和彦自由民主党神戸市会議員団団長が、大連市から陳紹旺(中国語版)市長と方鉄林副市長が出席したのに加えて、日本の等々力研在大連領事事務所長および中国の薛剣在大阪総領事も出席した[4][5][6]。7月中旬以降、薛総領事は大阪華僑総会や大阪府議会に出向いて着任挨拶を行っている[7]。

発言

薛は総領事としてX(旧ツイッター)の個人アカウントを運用している。過激な発言も多く、戦狼外交官として知られている[8][9][10]。

2021年ごろの投稿内容はジェイ・キャストにより「対米批判と日中友好で硬軟を使い分けている」と評されていた[11]。しかし、2023年には、日本を糾弾する論説を発表している[9]。

ダライ・ラマ14世

チベット独立運動の主導者の一人でありノーベル平和賞を受賞しているダライ・ラマ14世を、「平和解放前のチベット最大の農奴主」と発言している[12]。

玉木雄一郎

2022年北京オリンピックのボイコットに言及した国民民主党の玉木雄一郎代表を指して、「ハエがウンコに飛びつこうとする西側子分政治家」と発言している[12]。

第50回衆議院議員選挙における投票の呼びかけ

2024年10月25日、「全国どこからでも、比例代表の投票用紙には『れいわ』とお書きください」とXに投稿し、第50回衆議院議員選挙でれいわ新選組への投票を呼びかけた。日本政府の要請により、投稿は削除された。衆議院議員の松原仁は、質問主意書で「接受国の国内問題に介入しない義務を有する」というウィーン条約に反するかを尋ねたが、外務省は「一概にお答えすることは困難」と回答した[13][14]。

琉球独立運動

琉球独立運動を中国が支援する可能性については、「内政干渉はお互いに慎重になるべき」と述べた[15]。

「汚い首は斬ってやる」発言

2025年11月8日、内閣総理大臣高市早苗による台湾有事をめぐる国会答弁について、「高市首相、台湾有事『存立危機事態になりうる』 認定なら武力行使も」と題された朝日新聞の投稿[16]を引用したうえで、自身のXに以下のように投稿した。

勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか。😡 — 薛剣(@xuejianosaka)、https://archive.md/WeOL5

この発言は殺害予告ととれる悪質投稿として批判され、薛剣は投稿を削除した[17]。

発言への反応

日本国内
中国国内
  • 中華人民共和国外交部の林剣は、10日の定例記者会見で薛剣の発言について問われた際、「台湾を中国から切り離そうとする動きに対処したものだ」と発言し、事実上擁護した[22]。また、この定例記者会見での質疑応答内容はWebサイトに掲載されておらず、朝日新聞は「(外交部が)問題の拡大を懸念し、掲載を避けた可能性」があると報じている[23]。尚、高市早苗による台湾有事発言では高市首相答弁直後の段階では中国共産党の指導部では「様子見」とされていたが、 薛剣による「汚い首は斬ってやる」発言により、APECで日中首脳会談を提案した王毅らの責任が問われる事態になることを防ぐために、王毅らは習近平に上げざるを得なくなったと推察されている[24]。
諸外国
  • 中華民国総統府の郭雅慧報道官は、「このような行為は明らかに外交マナーを逸脱している」と薛剣の発言を批判した[25]
  • ジョージ・エドワード・グラス駐日米大使は、「高市首相と日本国民を脅迫している」と批判した。また、イスラエルをナチス・ドイツになぞらえた薛の過去の投稿を引き合いに出し、「再び本性を露呈した」とも非難した。更に「中国政府は『良き隣人』を口癖のように繰り返すが、全く実態が伴っていない」とも指摘し、「いいかげんに、言葉通りの振る舞いを示すべきではないか」とも自身のX(旧ツイッター)上で糾弾した[26][27]。
  • 20日、対中政策に関する列国議会連盟は薛剣の投稿を非難し、各国政府へ「日本への支持の表明」を訴えた[28]。

性格や思想等

  • 北京外国語学院に在学中の1989年には、六四天安門事件の民主化学生運動に参加[29]。
  • 体制改革が検討されていた胡錦濤政権時代には、リベラルな言説が多かったとされる[29]。
  • 出世や保身のためかは不明だが、40代を過ぎてタカ派の戦狼外交官に転向したとされる[29]。

出典

関連項目

外部リンク

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