藤波慶忠

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 永禄元年(1558年
官位 従四位下神祇権大副
 
藤波 慶忠
時代 安土桃山時代
生誕 永禄元年(1558年
死没 慶長3年3月29日1598年5月4日
官位 従四位下神祇権大副
主君 正親町天皇後陽成天皇
氏族 藤波家
父母 父:藤波康忠
甘露寺経元
種忠
テンプレートを表示

藤波 慶忠(ふじなみ よしただ)は、安土桃山時代日本公家神宮祭主

藤波康忠の子として、永禄元年に生まれる。永禄4年(1561年)、4歳で叙爵される。

父の卒去に伴って、元亀3年(1572年)、15歳で神宮祭主となる。天正年間には京都に還住する[1]天正16年2月22日1588年3月19日)、昇殿を許された。

慶長3年(1598年)、公卿に列せられることなく、41歳で卒去した[注 1]

官歴

『歴名土代』による。

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI