藤野正剛

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1963-04-29) 1963年4月29日(62歳)
身長
体重
174 cm
69 kg
藤野 正剛
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県糟屋郡須恵町
生年月日 (1963-04-29) 1963年4月29日(62歳)
身長
体重
174 cm
69 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1981年 ドラフト外
初出場 1987年4月29日
最終出場 1991年7月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤野 正剛(ふじの せいごう、1963年4月29日[1] - )は、福岡県出身の元プロ野球選手内野手)。

九州産業高では2年生エース田村浩一(阪神)を擁し、遊撃手、四番打者として1981年夏の甲子園県予選決勝に進むが、福岡大大濠高森山良二に抑えられ敗退。

同年オフにドラフト外西武ライオンズに入団。二軍暮らしが長かったが、1984年には打率.372でイースタンリーグ首位打者を獲得した。1987年より一軍に上がり、1988年には8試合、1989年には15試合に遊撃手として先発出場。堅実な守備で内野手の控えとして活躍した。

1991年途中、呉俊宏との交換トレードで横浜大洋ホエールズに移籍。同年は12試合に二番打者として起用された。翌1992年には出場機会がなく、同年限りで現役を引退。

引退後、2000年第42回衆議院議員総選挙では自由連合公認で千葉3区から立候補したが落選した。墓石販売会社に勤務する傍らマスターズリーグ札幌アンビシャスでプレーした。

その後は帰郷し、2019年に地元の福岡県・須恵町議会議員を1期務め[2]2023年の町議選で再選を目指したが、7票差で落選した[3]

詳細情報

脚注

関連項目

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