西部方面戦車隊
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西部方面隊直轄師団の第4戦車大隊と第8戦車大隊を統合・再編成したものである[1]。隊長は、1等陸佐が充てられ、玖珠駐屯地司令を兼ねる[2]。編成当初は平素第4師団隷属部隊であり、10式戦車・74式戦車を2個中隊ずつ運用する4個中隊基幹であった。2019年(平成31年)、74式戦車の全車用途廃止による第3・4戦車中隊の廃止により、全国で初めて10式戦車のみにより編成された部隊となった[3]。2022年(令和4年)以降、第8師団隷下部隊として運用されている[4]。
部隊マークは日の丸を背景とし、狼に跨った武者による流鏑馬をモチーフにしている[5]。以前は旧第4戦車大隊・本部管理中隊で使用されていたマークの意匠を汲み取り、西部方面隊の部隊マーク(九州の山々をデザインした"西"の文字)に雄牛の角を組み合わせたものであった[6]。
26中期防では戦車定数の削減、島嶼防衛力の向上、第4師団の地域配備師団化、第8師団の機動師団化が盛り込まれた。戦車部隊は北海道と九州のみ残され[注 1]、このうち九州では西部方面隊直轄部隊としての設置が予定されていた。再編前の西部方面隊の戦車部隊は第4師団隷下の第4戦車大隊(廃止時2個中隊基幹)および第8師団隷下の第8戦車大隊(廃止時4個中隊基幹)がいずれも玖珠駐屯地に配置されていた。新編に際しては戦車定数が削減され、第4戦車大隊の一部を水陸機動団戦闘上陸大隊の1個中隊[7]、第8戦車大隊の一部を第42即応機動連隊機動戦闘車隊として編成し[1]、残余を統合して方面直轄部隊として再編したものが当隊である[8]。編成当初、第4戦車大隊出身者は60%、第8戦車大隊出身者は30%、その他部隊は10%から編成されていた[9]。
沿革
部隊編成
- 西部方面戦車隊本部
- 本部管理中隊「西方戦-本」:10式戦車 / 96式装輪装甲車 / 87式偵察警戒車
- 第1戦車中隊「西方戦-1」:10式戦車 / 96式装輪装甲車
- 第2戦車中隊「西方戦-2」:10式戦車 / 96式装輪装甲車
新編時:2018年(平成30年)3月27日
- 西部方面戦車隊本部
- 本部管理中隊「西方戦-本」:10式戦車 / 96式装輪装甲車
- 第1戦車中隊「西方戦-1」:10式戦車 / 96式装輪装甲車
- 第2戦車中隊「西方戦-2」:10式戦車 / 96式装輪装甲車
- 第3戦車中隊「西方戦-3」:74式戦車 / 96式装輪装甲車
- 第4戦車中隊「西方戦-4」:74式戦車 / 96式装輪装甲車
整備支援部隊
- 西部方面後方支援隊第301戦車直接支援中隊「301戦直支」(玖珠駐屯地):2018年(平成30年)3月27日から2022年(令和4年)3月16日まで
- 第8後方支援連隊第2整備大隊第301戦車直接支援中隊「301戦直支」(玖珠駐屯地):2022年(令和4年)3月17日から
隊長
| 官職名 | 階級 | 氏名 | 補職発令日 | 前職 |
|---|---|---|---|---|
| 西部方面戦車隊長 兼 玖珠駐屯地司令 | 1等陸佐 | 増山哲治[11] | 2026年3月16日 | 東部方面総監部防衛部訓練課長 |
| 代 | 氏名 | 在職期間 | 前職 | 後職 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 黒木正憲 | 2018年3月27日 - 2018年9月13日 | 第4戦車大隊長 兼 玖珠駐屯地司令 | 第4師団司令部付 |
| 2 | 前田健一郎 | 2018年9月20日 - 2020年3月15日 ※2019年1月1日 1等陸佐昇任 | 陸上自衛隊富士学校勤務 (2等陸佐) | 陸上自衛隊教育訓練研究本部付 |
| 3 | 山口行徳 | 2020年3月16日 - 2022年3月13日 | 陸上自衛隊富士学校主任教官 | 中部方面総監部総務部総務課長 |
| 4 | 服部樹彦 | 2022年3月14日 - 2024年3月20日 | 陸上自衛隊富士学校主任教官 | 第10師団司令部第2部長 |
| 5 | 中村元彦 | 2024年3月21日 - 2026年3月15日 | 陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部 情報課地域情報班長 | |
| 6 | 増山哲治[11] | 2026年3月16日 - | 東部方面総監部防衛部訓練課長 |