谷潔
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1957年、当時日本中央競馬会の騎手であった谷八郎の長男として生まれる。京都競馬場の厩舎地区で育ち、幼少の頃から馬に親しんだが自身は騎手を目指すことはなかった[1]。同志社中学校・高等学校を経て同志社大学と進んだが、この間、調教師として開業した父のもとに弟子入りした田島良保、田原成貴といった騎手たちの華々しい活躍に触発され、競馬界に入ることを志す[1]。大学卒業後に父の厩舎に厩務員として入ったが、当時は乗馬経験もなかった[1]。1年の訓練を経て調教助手の資格を取得、1983年には研修のため渡米し、西海岸のリチャード・マンデラ厩舎でエクササイズライダー、次いでケンタッキー州のゲインズウェイファームで厩務作業に従事した[1]。1984年末に帰国。以後谷厩舎で引き続き調教助手を務めたのち、1994年に調教師免許を取得し、翌1995年より栗東トレーニングセンターに厩舎を開業した[1]。
1997年、管理馬ヒコーキグモがきさらぎ賞に勝利し、重賞初勝利。同馬でGI初出走となるNHKマイルカップに参戦。
1998年12月14日、降雪で延期となったダービーグランプリをナリタホマレで勝利し、ダートグレード競走初勝利を統一GIで飾る。
2009年3月28日、阪神4Rでクリノオンビートが1着となり、現役108人目となるJRA通算200勝を達成した[2]。
2014年、トーホウジャッカルがクラシック三冠最終戦の菊花賞を制し、開業20年目でGI競走初制覇を果たした。同馬は芝3000メートルの日本レコードを樹立し、デビューから149日という菊花賞史上最短記録での勝利であった[3]。また、八郎が調教師時代の1971年に三冠のうちの皐月賞と東京優駿(日本ダービー)を制していたことから、谷についても「親子二代で三冠制覇」と報じられた[4][3]。
2016年12月3日、阪神11Rでクリノラホールが1着となり、現役70人目となるJRA通算300勝を達成した[5]。
2025年6月28日、小倉5Rで管理するカラクニダケが1着となり、現役39人目となるJRA通算400勝を6834戦目で達成した[6]。