象印タフボーイズ

From Wikipedia, the free encyclopedia

原語表記 象印タフボーイズ
ホームタウン 大阪府
創設年 1961年
廃部年 1998年
象印タフボーイズ
原語表記 象印タフボーイズ
ホームタウン 大阪府
創設年 1961年
廃部年 1998年
チーム所在地 大阪府大東市
体育館所在地 大阪府大東市

象印タフボーイズ(ぞうじるし タフボーイズ、英語表記:Zojirushi TUFF BOYZ[1])は、大阪府大東市を本拠地に活動していた象印マホービンの実業団男子バレーボールチームである[2]

1961年に、市川博邦取締役(当時)の肝煎りで9人制のチームとして創部された。当初は学生時代の経験者数名でスタートしたが、全国大会大阪代表となるまでに力をつけた。

1982年に6人制に移行し、1984年に近畿総合バレーボール選手権大会で優勝。日本リーグ入りを目指すべく、新日鐵元監督の藤川武巳を監督に迎え更に強化を図った。1986年の地域リーグプレーオフで準優勝を遂げ、同年3月の実業団リーグ入替戦で朝日生命を破り、実業団リーグ入りを決めた。

1990年の第21回実業団リーグで初優勝し念願の日本リーグ入りを決めたが、2シーズンで入替戦で敗れ再び実業団リーグに転落した。チーム名は当初は社名そのままに「象印マホービン」であったが、会社のCIおよび日本リーグ昇格を機に当時発売されていたステンレス水筒の商品名「タフボーイ」から命名された「象印タフボーイズ」としている。

1994年6月、日本の実業団初となる外国人プロ契約選手として、ヒュー・マッカーチョンと契約している[3]

1998年の第29回実業団リーグにおいて開幕12連勝を飾ったが、張翔(中国人選手)の契約問題に関し日本バレーボール協会から同選手が出場した開幕2試合を棄権試合と裁定され、結局10勝2敗2棄権となり再昇格を逸した。象印マホービンは「今後もVリーグへの昇格が難しい」として、タフボーイズを廃部とした[4]

成績

主な成績

実業団リーグ
  • 優勝 1回(1990年)
  • 準優勝 2回(1989年、1996年)
地域リーグ(プレーオフ)
  • 準優勝 1回(1986年)

年度別成績

大会名 順位 参加チーム数 試合数 勝率
実業団リーグ 第18回 (1986/87)6位8チーム14590.357
第19回 (1987/88)3位8チーム141040.714
第20回 (1988/89)準優勝8チーム141220.857
第21回 (1989/90)優勝8チーム141310.929
日本リーグ 第24回 (1990/91)6位8チーム14680.429
第25回 (1991/92)7位8チーム143110.214
実業団リーグ 第24回 (1992/93)3位8チーム14860.571
第25回 (1993/94)5位8チーム14590.357
第26回 (1994/95)4位7チーム12750.583
第27回 (1995/96)準優勝8チーム141130.786
第28回 (1996/97)5位8チーム14860.571
第29回 (1997/98)4位8チーム14102(2棄権)0.714

在籍していた主な選手

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI