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辰巳琢郎

日本の俳優、タレント From Wikipedia, the free encyclopedia

辰巳 琢郎(たつみ たくろう[2]、1958年〈昭和33年〉[2]8月6日[3] - )は、日本の俳優、タレント。タクスオフィス所属および代表取締役社長。

生年月日 (1958-08-06) 1958年8月6日(68歳)
国籍 日本
身長 181 cm
概要 たつみ たくろう 辰巳 琢郎, 生年月日 ...
たつみ たくろう
辰巳 琢郎
辰巳 .mw-parser-output .jis2004font{font-family:"Hiragino Kaku Gothic ProN","Hiragino Sans","Noto Sans JP","Noto Sans CJK JP",Meiryo,sans-serif}琢郎
新潟にて芸者と(2007年)
生年月日 (1958-08-06) 1958年8月6日(68歳)
出生地 日本の旗 日本 石川県小松市[1]
国籍 日本
身長 181 cm
血液型 B型
職業 俳優、タレント
活動期間 1977年 -
配偶者 あり
著名な家族 辰巳真理恵(娘・ソプラノ歌手)
森田邦夫(義父・外科医)
公式サイト 辰巳琢郎公式サイト
主な作品
テレビドラマ
『ロマンス』
『少女に何が起ったか』
『浅見光彦シリーズ』<TBS版・初代>
『あさが来た』
バラエティー番組
『辰巳琢郎のくいしん坊!万才』
『たけし・逸見の平成教育委員会』
『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』
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母方の実家の石川県小松市の病院で生まれ[1]、大阪府大阪市住之江区(旧住吉区)育ち[注釈 1]。結婚後に枚方市に約10年間在住、現在は東京都在住。大阪市立敷津浦小学校、大阪教育大学附属天王寺中学校、大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎、京都大学文学部卒業。1男1女あり(長男は一般人で医師、長女は辰巳真理恵)。義父は枚方市民病院元名誉院長で外科医だった森田邦夫。父親は大島渚と京都大学で同窓だった。

来歴

つかこうへい事務所初の大阪公演『ストリッパー物語』を観て感化され、高校時代に友人の堤啓介(後にNHKに入局)と演劇愛好会劇団軟派船を結成[4][5][注釈 2]。

大学在学中には卒塔婆小町(劇団そとばこまち)を主宰[6]、初代座長を務める(当時の芸名は「つみつくろう」)。劇団員には川下大洋や生瀬勝久らがいた。1984年(昭和59年)、大学卒業と同時に『ロマンス』にてヒロインの相手役に抜擢されて[7]以降、知的で端正な二枚目ぶりで個性を発揮[6]。

近畿大学文芸学部客員教授、国連WFP協会顧問、観光庁アドバイザーなども務めている[6]。日本棋院評議員[6]として囲碁のオリンピック正式種目化を目指している。

2008年(平成20年)、小笠原諸島返還40周年大使に任命された。賞歴には法務大臣感謝状などがある。

2019年(平成31年)4月7日投開票の大阪府知事選挙に際し、二階俊博幹事長から直々に打診を受け自由民主党から立候補を要請されるが、辞退した[8][9]。

人物

クイズ番組に数多く出演し優勝している。『たけし・逸見の平成教育委員会』においては驚異的な正解率(ときには全問正解も遂げる)を誇り、芸能界のクイズ王、偏差値俳優[7]と言われた。先生役の北野武からはラサール石井と共に絶賛された。これが縁で『決戦!クイズの帝王』の司会をラサールと共に務めた。しかし『クイズ$ミリオネア』では、満額の1000万円がかけられた最終問題で誤答したため獲得賞金は100万円となった。

無類のワイン通で、2001年に日本ソムリエ協会のソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ)となる。2005年から長野県原産地呼称管理制度のワイン官能審査委員を務める(BSフジの『辰巳琢郎のワイン番組』やBSジャパンの『辰巳琢郎の葡萄酒浪漫』の司会も担当)。2018年11月より「日本のワインを愛する会」会長を務める。

右:脚本家の中園ミホと(2007年)

自身を怠け者と評しており、撮影が過密なテレビドラマやバラエティ番組よりも、スケジュールに余裕がある映画を好んでいる[7][10]。

『ONE PIECE』のファン[要出典]。

幼少期にはゴジラシリーズをよく観ており、学生時代に演じた『夏の夜の夢』では、ロバをキングギドラに置き換えたこともあったという[10][6]。平成シリーズは、自身が『ゴジラvsデストロイア』(1995年)に出演が決まってから観たが、ゴジラが正義の味方というイメージを持つ世代であったことから、ゴジラを悪役として描いていたことに違和感を持ったという[7][10]。後年には、『シン・ゴジラ』(2016年)を観て、ゴジラは怖い存在の方が良いかもしれないと思ったという[6]。

娘は医者を志していたが、「父(=辰巳)の舞台を見て、声楽の道へ方向転換した」という[要出典]。

2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災について、被災地である宮城県石巻の知人から「この状況を、たくさんの人に伝えて下さい。死体がゴロゴロなんですから。避難所にいるのに、食糧がなく、子供が餓死してるんですよ。お願いします、辰巳さん!」との衛星電話がかかってきたと同月15日のブログに掲載。シネマトゥデイで3月19日に掲載された[11]。しかし、宮城県で公式に避難所での死者が確認されたのは3月19日であり、子供の餓死ではなく、老人の病死であった[12]。3月21日のブログで、再び連絡が取れた知人に確認し、訂正と補足として「指定避難所ではなく、『避難していた場所』だった」「食料はあったが、食べることができずに死んでいった子供のことを『餓死』と表現した」等、発言内容を修正、「『子供が餓死』という言葉が、凄まじいエネルギーを持ってネットの世界を、それこそ津波のように広がったことには、発信元として少し反省もしています」とした。[13]

出演

映画

テレビドラマ

テレビ・バラエティー/情報

ラジオ

ミュージカル

舞台

その他

CM

所属団体/役職

観光・文化大使

脚注

参考文献

外部リンク

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