辺野古ダンプ事故
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事故の経緯
2024年6月28日午前、名護市安和の国道449号線・安和桟橋出口付近で、市民団体が在日米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に対する抗議活動中、市民団体の72歳女性が車道に飛び出し、それを制止しようとした男性警備員とともに土砂を搬入するダンプカーに巻き込まれて、警備員が死亡、女性が足の骨を折る重傷を負う事故が発生した(「辺野古ダンプ事故」「安和桟橋事故」「安和事故」などと報道で呼ばれる)[4]。市民団体と支援するオール沖縄側は「牛歩」での抗議活動中のダンプカーの搬出に際しルールを破ったと主張し防衛省側を批判、同年8月に防衛省沖縄防衛局長に対しオール沖縄の幹部が「あなたは沖縄県民を1人殺してしまった責任者だ」と罵倒するなど、物議を醸した[5]。一方で防衛省沖縄防衛局側もガードレール設置などの安全対策や「妨害者」への注意・警告の実施を求める玉城知事宛の要請文書を提出する[6]など、県政内でも政治問題に波及しつつあった。
同年10月の県議会ではこの問題を巡って、当時の事故状況のカメラ映像を同月11日の土木環境委員会で閲覧することとなったが、12人の委員のうち、県政与党側の委員5名が閲覧を拒否して退席する事態となり、保守系県議などから一部委員の対応を批判する意見がある一方、県政与党側も「(怪我を負った)女性の代理人からあった閲覧中止を求める申し立てについて十分協議していない」にもかかわらず、多数決により強行したことを理由に土木環境委員長の不信任動議を提出するなど、与野党間の対立が激化している[7][8]。
事故後の経過
2024年8月22日 - 沖縄防衛局が、土砂運搬作業を再開[9][10]。
同年10月10日 - 産経新聞が、事故当時のカメラ映像を入手し、画像として報道[7]。
同年10月11日 - 沖縄県議会の土木環境委員会で、事故当時のカメラ映像の閲覧が行われたが、12人の委員のうち、玉城デニー知事を支持する県政与党会派の委員が閲覧を拒否し退席したため、7人の委員のみが閲覧[11]。同日、産経新聞が、事故当時のカメラ映像をYoutubeで公開[7][11][12]。
2025年3月17日 - ダンプ事故発生現場付近で、抗議者の男性が、安全ネットをまたいで乗り越えようとした際に、ネットが足に絡まり、ネットを持っていた警備員が地面に転倒し、約1週間の怪我を負う事故が発生[13]。
同年10月8日 - ダンプ事故で後遺障害を負った市民団体の女性が、ダンプカーの運転手・ダンプカーの所有会社・警備会社に対し、約1500万円の損害賠償を求める訴訟を、那覇地裁に提起[14][15]。