辺野古沖抗議船転覆事故
2026年3月16日に沖縄県名護市辺野古沖で船舶が相次いで転覆した海難事件
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事故の経緯
ヘリ基地反対協議会による当日の出航判断
2026年3月16日7時30分ごろ、海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会(ヘリ基地反対協議会)の船長らによるミーティングが行われ、同日の気象情報や目視確認による海の状況に基づき、船長は出航可能と判断した。協議会は、風速7 - 8メートルを欠航の目安としていたが、明文化された出航可否基準は存在せず、最終的な判断は当日の船長達に委ねられていた[8][9][10]。
同志社国際高校の修学旅行の海上観察プログラム開始
出航まで
9時ごろ、修学旅行で沖縄県を訪れていた同志社国際高校の2年生のうち、「辺野古をボートに乗り海から見るコース」を選択した生徒37人が、辺野古に到着[8][11][12]。到着した生徒達は、「先発隊」の生徒18人と、「後発隊」の生徒の19人の、2つのグループに分かれ、それぞれに1人ずつ引率を行う教員が付いた[11][13]。
9時半ごろ、「先発隊」の生徒18人は、ヘリ基地反対協議会が保有する、在日米軍普天間基地の辺野古移設工事への海上抗議活動にも使われていた小型船の「不屈」(生徒8名と船長1名の計9人が乗船、最大搭載人員10人、長さ6.27メートル、総トン数1.9トン)と「平和丸」(生徒10名と船長1名と乗員1名の計12人が乗船、最大搭載人員13人、長さ7.63メートル、総トン数5トン未満)の2隻に分乗して出航した[11][14][15][16]。その際「先発隊」の生徒達は、辺野古漁港の、幅40 - 50センチメートルほど・場所により2メートル以上の高低差のある防波堤の上を50メートル以上歩き、防波堤の船への乗降場所まで移動し、2隻に乗船した[17]。乗船した生徒全員は救命胴衣を着用したが、引率教員や協議会の乗組員らは、生徒達に対し、正しい救命胴衣の着用方法の指導を行わなかった[8][18]。
付き添い教員の不乗船
「先発隊」の引率女性教員は、「先発隊」の生徒達と一緒に防波堤の船への乗降場所まで移動したが、乗り物酔いと体調不良のため乗船を見送り、2隻の出港後はヘリ基地反対協議会が辺野古漁港近くに設置した「浜テント」と呼ばれる活動拠点で待機した。「後発隊」の引率教員は、「先発隊」の生徒と引率女性教員が、防波堤の船への乗降場所に行ったため、船が出航するまで、「先発隊」の引率女性教員も船に乗るものと認識しており、事故発生時は後発隊とともに陸上で待機していた[12][13][17][19]。
後の文科省調査では体調不良での乗船なしもさることながら、先発隊の2隻に対し教員1名の配置自体が「重大な判断ミス」と厳しく指摘されている[20]。引率教員は波浪注意報の発表を把握していなかったと報道されている[21]。引率していた教員2人は、事故発生を救急車のサイレンで気づいたという[22]。教員らは事故後に助けられ戻る生徒達の元に駆け寄る様子が見られなく安否確認の様子もなかったと報道された[23][24]。
後の捜査関係者への取材では、教員も乗船していれば未発見者の存在が早期に明らかになり、死亡した女子生徒の発見が早まっていた可能性があると指摘されている[25]。また、事故時の記者会見の説明に反し、後日の京都府調査によると2023年から辺野古での乗船が行われていたが下見は一度もなく、学校から保護者や生徒にもどのような船なのか説明は行っていなかった[26]。また、少なくとも1人の教員は乗船する船が「抗議船」と認識していたことについて、後日学校側も認めた[27]。
出航後
9時48分[16]、出航してまもなくの「不屈」と「平和丸」は、現場警戒を行う海上保安庁第11管区海上保安本部の巡視艇から、メガホンで「気象、海象が危ない」と注意の呼び掛けが行われたが、2隻は航行を続行した[16][28][29]。乗船していた生徒の1人は、当時、船の航行中に、スピードがかなり出ている瞬間があり恐怖を感じたと、事故後に保護者に対し話している[30]。後の京都府の調査でも、2023年3月と2024年3月の研修旅行での乗船の際にも、生徒が海保から注意を受けたことや、乗ることにも恐怖を覚えていたことを学校側が把握していたことが判明している[31]。
転覆事故発生
両船はその後、辺野古東側に位置する大浦湾方面に立ち入りを制限する「臨時制限区域」に沿う形で北上した後にUターンして南下し、辺野古沖合約1.5キロメートル地点の、リーフ(サンゴ礁)が広がる浅瀬の上を、「不屈」を先頭とする縦列で航行していた[32][33]。帰路に就く前に、船長の提案で生徒が操縦体験も行った[34]。
10時10分ごろ、高波に煽られ「不屈」が転覆した[32][33]。
10時12分ごろ、「平和丸」の船長は、パニックとなり、助ける以外ないと判断し、救助のため接近したが、「平和丸」も約2分後にほぼ同じ場所で転覆した[32][33][35]。
乗っていた21人全員が転覆に巻き込まれ、海に投げ出され浮上可能だった者は転覆した船体にしがみついて救助を待った[36]。
生徒による通報、海保と消防による救助活動
生徒による通報及び救助
10時14分、転覆に巻き込まれた生徒が最初の118番[注釈 1]通報を行った[注釈 2]。この最初の通報は、雑音が混じり音声が途切れる状態であり、内容を聞き取ることができないものであった[37]。船員達は118番通報を分からなかったため、生徒自ら調べて通報している[38]。
最初の118番通報から2分後の10時16分、「不屈」に乗船していた生徒と、「平和丸」に乗船していた生徒より、2本の118番通報が行われた[37][39][40]。「不屈」に乗船していた生徒は、船が転覆したこと、現在浅瀬に立っていること、同志社国際高校の修学旅行で訪れていたこと、救命胴衣を着用しており色は赤と青であること、携帯電話の残りのバッテリー状況を伝えた[37]。「平和丸」に乗船していた生徒は、船が転覆したこと、現在浅瀬に立っていること、救命胴衣を着用していること、乗船していた人数は20名くらいであること、海上保安庁のゴムボート7隻程度が救助に駆け付けていることを伝え、後に救助に駆け付けた海上保安官と電話をかわり、海上保安官より、転覆した船の船底の上に5人いること、付近に浮いている2人については別のゴムボートが救助していると状況が報告された[37]。第11管区海上保安本部によると、「不屈」と「平和丸」からの救難信号はいずれも確認されていなかった[39][40]。「平和丸」船長は、海でスマホをなくし通報できなかったと説明している[41]。
生徒らによる通報と現場の海上保安官からの報告を受けた第11管区海上保安本部は、同時刻に対策本部を設置し、2隻を監視していた船を含む計11隻が現場に急行した[42][43]。11時14分までに、救助された20人が陸地に戻った[43]。
「平和丸」乗船女子生徒の死亡
「平和丸」に乗っていた当時17歳の女子生徒は、救命胴衣の一部が、「平和丸」の船尾床の構造物に引っかかっており、浮上せず、裏返った「平和丸」の船体下に取り残されていた。その場に潜水機材を備えた潜水士がおらず、第11管区海上保安本部は、名護市消防本部に応援を要請した[4][43][44]。『毎日新聞』が情報公開請求で入手した名護市消防本部の救助出動報告書などによると、潜水士4名の水難救助隊は10時50分ごろに到着して海保のゴムボートへ乗り込み、11時11分に「不屈」周辺を捜索したが乗員は救助済みで、潮流により数百メートル離れていた「平和丸」周辺へ移動したところ、先行していた海保や消防隊員から転覆した船の真下に、救命胴衣が引っかかっている要救助者がいることを伝えられ、潜水して11時15分ごろに海上に引き上げた。引き上げた「平和丸」に乗っていた女子生徒は、救命胴衣が頭の上にずり上がった状態であり、心肺停止であった。その後、11時24分に「平和丸」に乗っていた女子生徒を乗せた警備艇が辺野古漁港に到着し、11時37分に救急車で病院へ搬送され、11時59分に病院に到着したが、12時29分に死亡が確認された[4][8][19][40][43]。なお搬送の際、引率の女性教諭が女子生徒の顔を知らなかったため、身元確認ができなかった[45]。
「不屈」船長死亡と被害全容
生徒2人が骨折や口内裂傷などの怪我をしたため病院に搬送された。残りの生徒15名も骨折、口腔内裂傷、擦り傷や打撲を負ったり、大量に海水を飲んだりしていたため、全員が病院で診察を受けた[8]。また、「不屈」船長の71歳男性(日本基督教団佐敷教会牧師)も死亡し、協議会乗員2名も受傷した[7][46]。司法解剖の結果、2名とも死因は溺死であった[47]。
当日の気象・現場状況
生徒は救命胴衣を着用していたが、当時の周辺海域では約4メートルの風が吹いており、沖縄気象台から波浪注意報が発表される中で出航していて[28]、転覆現場でも警戒していた第11管区海上保安本部の巡視艇から「気象、海象が危ない」と注意が出されていた[15][7]。また、辺野古の移設工事現場では事故当日、海の荒れ具合を示す指標の有義波高が基準値を超えたため、サンドコンパクション船と呼ばれる大型作業船を使った一部の工事を中止しており、6隻のうち、外洋に近い地点に配置された4隻で作業を見合わせていた。関係者によれば海域の波高は0.5メートルで「明らかに白波が立ち、危ない状態」であったとされる[48]。
転覆した海上は「リーフ」と呼ばれるサンゴ礁が広がる浅瀬であり、当時は干潮の時間帯であったが、強い力を保った波で大きなうねりが生じ、リーフによって持ち上げられて高い波が発生したと有識者からの見解が出されている[49]。転覆した2隻は操舵室が破損しており、調査を行った運輸安全委員会の地方事故調査官も、2隻が転覆した際、浅い海底に衝突して損傷した可能性を指摘している[49]。また、かねてから協議会が運行する抗議船が航行の際に事故やトラブルも起こしていたことも証言されている[50][51]。
転覆した2隻を運航するヘリ基地反対協議会の共同代表は「(事故)当日はとても穏やかだったという『うみんちゅ』(沖縄方言で海の人)の証言もある。荒れた海に出たというのは間違いだが、それがすごく流布されている」とした[52]。一方、名護漁業協同組合辺野古支部の支部長は「海人の証言は噓」、「うねりがすごかった。しぶきが(辺野古沖の)長島を越えたのが見えた。(波高は)実際には3~5メートルあったと思う」と証言した[53]。
沖縄県では、旧暦二月に発生するニンガチ・カジマーイ(二月風廻り)と呼ばれる海の荒れる日があることなどが知られ、平成18年3月に沖縄県ダイビングスポットで発生した海難事故を例に、うるま市が海レジャーは危険と隣り合わせだと注意喚起を行っている[54]。
なお、乗組員については、救急搬送された後に生徒達に微笑みながら、特製コーヒーやクッキーの飲食を勧めてきたと、乗船していた生徒の保護者から保護者会の場で言及されている[55]。当日に漁業協同組合の支部長は抗議団体関係者から笑いながら「2人死んじゃった」と声をかけられ、抗議団体は住民の代弁などしておらずむしろ背中合わせと取材に語っている[53]。23日には「平和丸」乗組員がキャンプ・シュワブゲート前の公道において道路に寝そべる抗議行動参加が確認されている[56]。
調査中の海上保安部船の転覆
海上の荒れにより、調査にあたっていた那覇海上保安部所属の小型船も17時5分ごろに転覆したが、乗員6名は18時18分に全員救助された[57][58]。
背景
同志社国際高校の修学旅行時における沖縄平和教育学習
同志社国際中学校・高等学校同志社国際高校の2年生の沖縄への研修旅行(修学旅行)は、同校の平和学習の集大成として、40年以上続けられてきたもので[15][59]、同校は2015年ごろから辺野古の陸上での研修を開始し、「不屈」を操舵していた船長の男性牧師から提案を受け、2022年度(2023年3月)以降、辺野古基地移設工事現場の海上からの見学をプログラムに取り入れた形で行っていた[60]。
修学旅行生を抗議船に乗船させた経緯としては、「平和学習」の一環として、今回は7コース[注釈 3]のプログラムの一つ(辺野古コース)として抗議船に乗船し、辺野古基地の建設現場をボートから見学する予定となっていたとしている[61]。
協議会の会見によれば、学校側から依頼要請があったことを明らかにしている。しかし、運行に関しては協議会は「ボランティア」という立場から、海上運送法に基づく内航一般不定期航路事業については無登録の状態であったことも明らかになった[62]。また、出航する際は船長が気象情報や目視で海の状況を確認し、出航の可否を判断しており、風速7 - 8メートルを超える場合は、出航を見送るとの目安はあったが、明文化していなかったとされる。事故当時は風速4メートルであった[63]。さらに海保による協議会への家宅捜索で「船長心得」と書かれた資料が見つかり押収されたが、この「船長心得」の存在に協議会に所属する人物は誰一人は気づかず、放置されていたことも明らかになった[64]。
沖縄総合事務局の調査では、抗議活動にも使われていた船に修学旅行生を乗せたケースは存在しないとされていた[65]。しかし産経新聞の後日の報道では、県の委託で運営されている修学旅行サイト「おきなわ修学旅行ナビ」において平和学習アドバイザーとして登録されている男性が、かつて勤務していたキリスト教主義の私立高校では平成29年と30年に、系列の中学校の修学旅行では令和6年と7年に生徒を抗議船に乗せていたことが報じられた[66]。
沖縄県玉城デニー知事は、2026年7月9日に文部科学省が全国の小中高校を対象に政治的中立性調査に対し、平和学習の実施に萎縮を呼ぶ懸念を表明している[67]。一方、沖縄修学旅行と総合的な探究の学術研究では、教員の深い沖縄理解に支えられた実践の歴史が紹介されている[68]。
同志社国際高校と死亡「不屈」船長牧師との関係性
なお、死亡した「不屈」船長の牧師はキリスト教に基づく教育を行う同志社国際高校と個人的なつながりがあったとみられる[7]。年に数回、依頼のあった生徒や学生らを辺野古沖に案内していた。牧師は10年以上の乗船歴があったとされる[69]。操船は当番制で担当していたが、当日は死亡した牧師は操船の当番ではなかったものの、同校からの平和学習の依頼を受けて出港することになったとされる[70]。「平和丸」を操舵した船長は、約4年前に小型船舶の操縦免許を取得し、船長に起用後は週2回操舵していたとされる[64]。
また「不屈」船長は2025年3月に出版した自著において「体を張った抗議で2014年に仲間の船長が死亡した」ことや岩礁やサンゴが海面下に隠れている辺野古沖の危険性、「不屈」のハンドルやレバーが固い、キャビンという構造物があるせいで風の影響を非常に受けやすい、他の船とはハンドル、レバーの位置が逆で、操縦に難しさがあることに加え[71][72]、「海は命の危険と隣り合わせです。事故は必ず起こるもの」とも記載している[73]。死亡した船長は、2025年の修学旅行時に生徒に対し、辺野古移設に反対する「抗議船」だと明言したうえで、仲間の船長が抗議活動時に海上で死亡した件を出し海の危険性を説いた。抗議船と知らなかったとの校長会見と矛盾が生じている[74]。
同志社国際高校と「ヘリ基地反対協議会」との関係性
同志社国際高校とヘリ基地反対協議会の関係性についても一部メディアの取材で伺わされており、『産経新聞』の取材によれば、過去の研修旅行において同校は平和学習のプログラムとして、協議会の活動拠点である「辺野古テント村」の見学など複数のコースを設定していたが、その際に事前に生徒へ配布した旅行のしおりにはテント村の説明とともに「協議会からのお願い」とする文章を掲載しており、賛同者に対して一緒に座り込み活動を求めるものであったとされる。この件が事実であった場合は教育基本法第14条第2項の、
法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない[75]。
に抵触する可能性が指摘されている[76]。文科省は2026年5月22日に同校の活動が、政治的活動を禁じる教育基本法第14条第2項に反すると史上初の認定をし、学校法人同志社に対し文部科学省から指導通知を発出した[77]。
基地反対思想
2026年5月8日衆院法務委員会及び平成29年3月9日の参院内閣委員会において、警察庁幹部は、沖縄の基地反対運動を行っている者の一部には極左暴力集団(過激派)も確認されていることを承知している趣旨を答弁している[78]。また令和6年の参議院でも辺野古基金の寄附行為等と政治資金規正法第八条との関係性が問われている[79]。過激派の中核派は機関紙「前進」でも右翼マスコミや極右勢力らが辺野古新基地反対闘争への口汚い誹謗中傷を行っていると表し、元凶こそ沖縄の基地と批判している[80]。沖縄県警本部長は2026年6月29日の沖縄県本会議において「基地反対抗議活動者のうちに『極左暴力集団』を確認」と答弁した[81]。2026年7月4日に「オール沖縄会議」が4日、辺野古の米軍キャンプ・シュワブ前で事故後初となる集会を開き、「革マル派」と書かれたビブス着用者も見られた。オール沖縄会議の稲嶺進共同代表は闘いの継続性の大切さを説き、それが故人やけが人へのオール沖縄会議の思いであることを改めて確認したうえで活動を進める意思を述べた[82]。
関係者
報道で明らかになっている事件当日の同志社国際高校生徒以外の関係者は以下である[83]。
事故後の経過
- 2026年3月
- 3月16日:ヘリ基地反対協議会が記者会見[10][89]。
- 3月17日:国土交通省の運輸安全委員会が、引き上げられた「不屈」と「平和丸」を調査[90]。同日、同志社国際高校が記者会見[91]。
- 3月18日:亡くなった女子生徒の遺族5名が、海上保安庁中城海上保安部の仲介で、キャンプ・シュワブの敷地内から献花と黙祷を行う[92][40][93]。
- 3月19日:同志社国際の校長は沖縄県知事玉城デニーと面談を行った[94]。
- 3月20日:海上保安庁第11管区海上保安本部が、ヘリ基地反対協議会のテントや事務所へ家宅捜査[95]。
- 3月22日:第11管区海上保安本部が「平和丸」船長立会いのもと実況見分[3]。同夜、船長は週刊新潮記者の取材を名護市のスナックにて受ける[96]。
- 3月23日:「平和丸」乗組員がキャンプ・シュワブゲート前の公道において道路に寝そべる抗議行動に参加していることが確認される[97][56]
- 3月24日:沖縄県石垣市議会が「辺野古沖における船舶転覆事故を踏まえた海上活動の安全対策および監督体制の強化を求める意見書」を全会一致(採決前に1名退席)で可決[98][99]。同日夜、同志社国際高校が、2年生の保護者を対象とした説明会を開き、謝罪と説明を行った[100][101]。
- 3月25日:第11管区海上保安本部が「不屈」船長が務めていた日本基督教団佐敷教会を家宅捜査[3]。同日、同志社国際高等学校が、2年生以外の保護者を対象とした説明会を開き、謝罪と説明を行った[102]。
- 3月28日:学校法人同志社が第三者委員会を設置[103]。同日、亡くなった女子生徒の遺族が、noteのアカウントを開設し、情報発信を開始[104][105]。
- 4月
- 4月7日:文部科学省が、全国の教育委員会と地方自治体の首長と学校の長などに対し、学校における校外活動の安全確保の徹底のため、各学校の「危機管理マニュアル」の点検や改定を求める通知を発出[106][107]。
- 4月17日:自民党の深澤陽一文部科学部会長と、加藤鮎子国土交通部会長と、勝目康政務調査会長特別補佐が、木原稔官房長官に、自民党内の文部科学部会と国土交通部会で取りまとめた、原因の徹底究明、全国の学校における修学旅行等の安全確保の徹底、適切な教育活動の実施を求める提言を申し入れ[108][109][110]。同日、日本維新の会も独自に同様の提言を木原官房長官に提出[111][112]。
- 4月21日:玉城デニー沖縄県知事が、名護市東海岸沿いの瀬嵩の浜から献花と黙祷を行う[113][114]。
- 4月24日:文部科学省が、京都府庁の私立高校を管轄する文化環境部文教課[115]の担当者と共に、学校法人同志社への現地調査を開始[116]。京都府庁は同日、同志社国際高校に対し、危機管理マニュアルに不備があるとして、校外活動の自粛を要請[117]。
- 4月28日:佐々木紀国土交通副大臣が、転覆事故の現場を視察し、転覆した2隻が出航した場所近くの浜で献花と黙祷を行う[118]。
- 5月
- 5月1日:ヘリ基地反対協議会がホームページで、事故および発生後の対応について謝罪文を掲載(後述)[119]。
- 5月17日:日本共産党の田村智子委員長が、演説会にて「ヘリ基地反対協議会の構成団体である日本共産党として心からおわび申し上げる」と発言[120][121][122]。「修学旅行の高校生を船に乗せたこと自体が重大な誤り」とも述べた[120]。
- 5月22日:同志社国際高の辺野古移設めぐる学習について、文科相「教育基本法に違反」と初の認定をした[123]。文部科学省が、それまでの把握事項との見解をまとめた報告書を公式HPに掲載し公表[86]。
- 5月22日:内閣府沖縄総合事務局は、死亡した「不屈」男性船長が無登録で運送したことについて、海上運送法の事業登録違反の容疑で中城海上保安部に告発書を提出した。また国土交通大臣は、運航関係者の誰も聞き取りに応じてないことを明らかにした[124]。
- 5月23日:参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会が、「平和丸」の船長およびヘリ基地反対協議会代表の参考人招致を見送ったことを、参政党の梅村みずほがXで報告した[125]。これについて自民党筆頭理事の今井絵理子は5月28日、自身のXで「捜査や係争中の事案に対して不適切な政治的影響を及ぼしかねない」と説明した[125][126]。一方、捜査中の民間人に対する参考人招致は、2005年のJR福知山線脱線事故や耐震強度偽装事件、2016年の東京五輪招致を巡る不正疑惑などで行われている[126]。
- 6月
- 6月2日:松本洋平文部科学大臣は閣議後記者会見で、同志社国際高校が沖縄県名護市辺野古沖で実施した平和学習について、「今回の事案は、政治的活動を行う抗議船として日常的に使用される船に生徒を乗船させる極めて異例の事態だ」との見解を示した[127][128][129][130]。また、学校での平和学習が委縮するとの見方に対して、「適切に平和学習を行っている教育現場が心配する必要は全くない」と述べた[127][128][129][130]。
- 6月2日:玉城デニー沖縄県知事は、5月31日事故死した女子生徒の遺族がnoteに綴った、基地移転を平和教育の題材にするならどのような設計にするかについての知事への公開質問について取材で問われると、見てはいないが質問があると聞いていると語った[131]。
- 6月5日:参院予算委員会で、小泉進次郎防衛相は伊藤孝恵議員との質疑において、亡くなった女子生徒の遺族によるnoteに触れ沖縄で報道がほぼなく、国会中継で周知されることを願う旨を発言した。質疑内で亡くなった女子生徒の父親の参考人招致は会派不一致で実現せず、またヘリ基地反対協議会の加入2団体が解散したことについても言及した[132]。
- 6月8日:玉城デニー沖縄県知事は、事故死した女子生徒の遺族がnoteで綴った公開質問を確認し「ご遺族のおっしゃるとおりだ」と語った。6月2日の取材における「見ていない」との発言は、台風対策による情報確認の遅れが理由と釈明した。また、今後の平和教育については多角的な観点から学生自身が考え、話し合うプログラムであるべきとの見解を示した[133]。
- 6月15日:第11管区海上保安本部がヘリ基地反対協議会の共同代表2名と「平和丸」の船長、船員の計4名に対して、業務上過失致死傷などの容疑で、任意で事情を聴いていることが毎日新聞により報道された[134]。
- 6月16日:事故から3ヵ月になるのに合わせて、ヘリ基地反対協議会の共同代表2名が現場海域を望む海岸で献花を行った[135]。仲村善幸共同代表は「亡くなられた方、けがをされた方の恐怖心、苦しみを思うと、取り返しのつかないことをしてしまったことへの後悔の念でいっぱいだ」、「捜査当局には全面的に協力している。原因究明が早く進むよう、一心に願っている」と話し、浦島悦子共同代表は「ご遺族や学校に直接の謝罪ができておらず、痛恨の極みだ」と語った[135]。
- 6月23日:高市早苗内閣総理大臣が記者団の取材に答え、記者からの「平和学習とりわけ基地問題を学ぶことへの萎縮につながるとの懸念が強まっている。国が教育内容まで踏み込むことは過度な介入ではないか」との質問に対して、「同志社国際高校の安全管理や教育活動の状況などの面では著しく不適切だ」と指摘[136]。同志社国際高校の教育活動の是正が速やかに図られることが必要との観点から、教育基本法を所管する文科省が京都府を通じて指導したとし、「過度な介入とは考えていない」とした[136][137]。
- 6月24日:国民民主党の玉木雄一郎代表が記者会見で辺野古沖転覆事故にも言及し、「平和運動は尊いことだと思うし、平和運動は決して萎縮してはならないが、平和運動さえ名乗れば、あらゆることが免責されるというある種の甘えは間違っており、見直していくべきだ」と述べた[138]。
- 6月28日:黄川田仁志沖縄担当大臣が閣僚として初めて事故現場を訪れ献花を行った[139][140][141]。記者から「実際には教育現場で基地について学ぶことを避ける動きが広がっているとの報道もある」として見解を求められると、黄川田大臣は「同志社国際高校の研修旅行については、安全管理や教育活動の状況などの面で著しく不適切で、学校法人および学校のガバナンスも極めて大きな問題があった」との考えを示した[139][140]。また、「沖縄には基地の存在を含め、平和について安全・安心かつ政治的に中立な環境で萎縮することなくしっかりと学ぶことのできる場所が数多くある」と指摘した[139][140]。
- 7月
事故後の対応
国土交通省
国土交通大臣の金子恭之は、協議会の所有船が海上運送法に基づく事業登録がされていなかったことを受けて、「反復継続される事業として運送が実施されていたかなどに基づき判断する」として運行実態の確認を進めることを明らかにした[147]。
2026年5月22日、国土交通省は、内閣府沖縄総合事務局運輸部を通じて中城海上保安部に対して「不屈」船長に対する海上運送法違反の疑いで刑事告発した[148]。運輸部担当者は、ヘリ基地反対協議会、「平和丸」の船長が共に聞き取りに応じていないことを明らかにした[149]。また、再発防止へ向け、無登録での運送行為が疑われる事例を通報できる窓口を地方運輸局などに設置することも決めた[150]。
同日の会見で金子恭之国土交通大臣は、「現在に至るまで、運航関係者のどなたからも聞き取りには応じていただけていませんが、船舶の運航関係団体である「ヘリ基地反対協議会」は、書面による照会には応じており、引き続き、事実関係の確認を進めていきます。一方、平和丸の船長については、刑事事件の取扱いへの影響が懸念される等の理由により、「聞き取りには一切応じない」との意向が示されており、大変遺憾ながら、今後も事実確認は困難なものと考えています。」と調査状況を明らかにした[151]。
海上保安庁・第11管区海上保安本部
海上保安庁の第11管区海上保安本部は、本件について、業務上過失致死傷罪、業務上過失往来危険罪、さらに海上運送法違反[注釈 4]の疑いで捜査を進めており[153]、同月20日にヘリ基地反対協議会のテントや事務所の家宅捜索[95]、同月22日に「平和丸」船長立会いのもと船の実況見分[3]、さらに同月25日、死亡した「不屈」船長の男性牧師が務めていた日本基督教団佐敷教会を家宅捜査を行っている[7][3]。ほかに第11管区海上保安本部は、「平和丸」の船長と乗組員、仲村善幸共同代表、浦島悦子共同代表の4名を任意で事情聴取した[154][134]。
5月15日、関係者への取材により、第11管区海上保安本部が5月以降、海上保安官を関西に派遣して生き残った生徒17人全員に保護者同席の上、聴取を行ったことが明らかになった[155]。乗船中の様子を動画撮影した生徒もいたとのこと[155]。
運輸安全委員会
国土交通省管轄の運輸安全委員会は、本事案を重大事故に認定し、那覇事務所から国土交通省本省へ所管を変更して調査を行っている[90]。
文部科学省
高校及び学校法人調査
教育行政を管轄する文部科学大臣の松本洋平は、今回の事故に関して「学校外における活動で事故があるということはあってはならない」と述べたうえで、校外活動における安全対策や対応などを至急検討する考えを示した[156]。一方で一部の学校において「平和学習」の偏向性が指摘されており、高校学習指導要領で基地問題など現代社会の課題や歴史認識について「多面的・多角的に考察」させるような教育を求めている面からも、活動内容がその趣旨から逸脱している可能性もあることから、文部科学省は「平和学習」の実態についても調査を進めることとなった[157]。また、読谷村での「民泊」についても極端すぎる意見の家に送り込まれた例などが学校会見でも明らかになっており、その学習内容についても調査対象とされている[158][159]。
2026年4月25日までに、文部科学省は同志社国際高校が所在する京都府を介して事故に関する調査を行なっていた。しかし、同志社国際高校から十分な回答を得られなかった[160]。
そこで4月25日、文部科学省は同志社国際高校の運営元である学校法人同志社の現地調査に乗り出した。学校法人同志社に課長級職員を派遣し、「高校の安全管理」「研修の内容」「学校法人としての対応」を中心に調査する[160]。
磐越道マイクロバス事故や登下校時のクマ対策、そしてこの事故を受けて、文部科学省は事務次官をトップとする会議体「学校活動安全確保対策推進本部」をおいた。5月15日に第一回を開催した[161]。
5月22日、文部科学省は同志社国際高等学校の安全管理が「著しく不適切で教育内容にも偏りがある」とする見解[162]をまとめた[163]。
教育基本法違反認定と報告書公表
5月22日、文部科学大臣の松本洋平は、同志社国際高等学校の普天間基地移設問題(辺野古移設工事)に関する学習について、政治的中立性を定めた教育基本法第14条2項に違反するとの考え方を示し、「学校法人及び学校の責任は極めて重い」と述べた。文部科学省は、教育基本法違反を認定し、学校法人同志社に対して改善を求める通知を出した[164][165]。文部科学省が教育基本法違反を理由に学校法人に改善を求めるのは初めての事例であった[166][167]。同日、文部科学省はそれまでの把握事項との見解をまとめた報告書を公式HPに掲載し公表した[86]。文部科学省幹部によると、当初はHPで公開する方針はなかったが、複数の政治家から「文科省の判断は踏み込みすぎだ」など反発の声が相次いだことを踏まえて方針転換したという[168]。
京都府
2026年5月22日、同志社国際高等学校の所轄庁である京都府の西脇隆俊知事は「様々な法令に反していることは明確」として同校に対する私学運営費補助金減額の可能性について言及した[169]。京都府は見解の中で同校の対応は学校におけるガバナンスの在り方として適切ではなかったとしている[170]。
ヘリ基地反対協議会
事故当日記者会見
事故当日(3月16日)の夜、ヘリ基地反対協議会(東恩納琢磨事務局長〈名護市議会議員〉、仲村善幸共同代表、浦島悦子共同代表、安次富浩顧問、仲本興真顧問の5名)は記者会見を行い、謝罪と説明を行った[10][89]。出航の判断については、朝7時30分に船長らによるミーティングが行われ、当時の気象条件に基づき、船長は出航可能と判断したことと、通常は風速7 - 8メートルを欠航の目安としていたが、最終的な判断は現場の船長に委ねていたと説明した[8][9][10]。転覆した「不屈」と「平和丸」を、運輸局(沖縄では内閣府沖縄総合事務局運輸部)に事業登録を行っていなかった理由については、協議会の活動は無償のボランティアであるため、事業登録の対象外であるとの認識を示した[171]。この認識については、同志社国際高校が翌17日の記者会見で、使用料として協議会の船長ら3人に対し、1人当たり5,000円ずつ計15,000円を協議会側に支払った事実を明かしたため、「無償のボランティア」との主張と齟齬が生じていた[172][173]。その後、団体は「カンパ」として金銭の授受を認めたが、このような金銭授受の実情が常態化していたとみられる[174]。また、安次富浩顧問を始めとする記者会見メンバーが、スーツ等を着用せず、また、アクセサリーを装着した普段着姿であり、会見冒頭の謝罪時に最敬礼をせずに軽い会釈程度で済ませ、会見中に腕を組むなど、謝罪会見に相応しくない振る舞いを見せた[10][89][175]。
救助後の「平和丸」船長について
なお、死亡した女子生徒が乗船していた「平和丸」の船長については、海上保安庁の事情聴取などには応じているものの、会見などに公には姿を見せてはいない。協議会共同代表の仲村善幸は「船長はパニック状態なので話せるようになったらなるべく早く会見します。今後は弁護団を作る予定で捜査に全面的に協力していきます」と取材に対し述べている[176]。なお、同人は3月22日に名護市のスナックにて雑誌記者の取材に対し、死亡した「不屈」船長の判断で出港を決めており、自らは報酬も受領していないと語っている[177]。
組織責任と遺族・被害者等への謝罪と賠償について
5月1日、協議会は、事故直後からそれまで、亡くなった女子生徒の遺族に対し直接の謝罪をしていなかった事実を認め、亡くなった女子生徒の遺族と、被害にあった生徒と保護者と、学校関係者や関係者たちに対し、改めて謝罪する文章をホームページに上に掲載した[119][178][179]。協議会は、同志社国際高校に対し、弁護士を通して、亡くなった女子生徒の遺族や同校に対し、直接の謝罪を申し入れる書面を、4月3日付で同校に送ったという[178]。
5月29日、代理人弁護士は協議会には「法人格がなく、『非営利の市民の集合体』であり指揮命令系統もないとした。このため安全管理に責任を持てる団体ではなく、」と述べた上で「個々メンバーが漫然と未成年受け入れをしていたのを見過ごした」と述べた。本件事件の責任は団体の性質上即時に結論は出ないとしながらも、船長らの民事賠償責任を当協議会も引き受ける方針としている[180][181]。
ただし、2026年4月17日に同会のホームページにおいて、産経新聞の報道において仲村善幸共代表が「補償が十分できるとは思っていない」においての報道への声明として、その発言の真意は「保険の支払いだけでは不十分と想定されるため、協議会の財産などからも補填して誠実に対応する必要がある」というものであり、協議会として、責任をもって対応を継続すると記載している[182]。
6月16日、事故から3ヵ月目にあたって献花に来た浦島悦子共同代表は「ご遺族や学校に直接の謝罪がでておらず、痛恨の極みだ」と語り、事故後3ヵ月経過後も遺族並びに学校に謝罪できていないことを明らかにした[135][183]。
協議会保有グラスボート「ゆがふ世」
2026年5月15日、2025年12月に中国共産党系メディア『環球時報』の記者の取材の際には、基地工事現場の対岸にある汀間漁港から乗船し、しっかりとした船室のある観光用グラスボートで現地を案内していたことが報道された[184][185]。
上記のグラスボート「ゆがふ世(ゆ)」は辺野古基金の資金により、導入したと2016年に報じられ、当時はヘリ基地反対協議会の所有で、名護市東海岸地域でエコツーリズムなどの活動をする団体でつくる「名護市東海岸エコツーリズム推進協議会」がグラスボートの管理とボートを活用すると報じられた。これに乗船したのは、稲嶺進名護市長[186]や、名護市議の東恩納琢磨の運転により2020年には坂本龍一が[187]が乗った。社会活動家の仁藤夢乃も辺野古への2回目訪問時[188]とColaboのシェアハウスで暮らす10代女性と共に2019年の5回目の訪問時に、この船に乗車したことが記録されている[189]。購入時1000万円したというこの船は現在東恩納琢磨の所有となっている。2025年1月に潜水漁の漁師のホースをプロペラで巻き込む事故を起こしたと報じられている[190]。
事件調査協力について
2026年5月22日、金子国土交通相の会見でヘリ基地反対協議会及び「平和丸」船長のいずれも国交省の聞き取りに応じていないことが明らかにされた[191]。
同年5月29日、ヘリ基地反対協議会の代理人弁護士である高塚千恵子弁護士がコメントを発表した[192][193][194]。沖縄総合事務局から5月8日付で送付された1回目の質問書には「協議会は誠実に回答」したとする一方、5月25日付の再質問には「特定の国会議員らの過去の乗船履歴など事故と無関係な広範な情報を質問する内容が含まれていた」といい、「事故と直接関係しない広範な情報の提供に応じることは困難」と述べた[192][193]。
さらに、再質問に対し、「事故の原因究明という本来の行政目的を逸脱し、『新基地』建設反対運動の内部情報や関係者の情報を取得しようとする政治的な意図や、意図的な連帯責任の押し付けがあると言わざるを得ない」と述べた[192][193]。
同年6月16日、事故後3ヵ月目に献花に訪れた仲村善幸共同代表は「捜査当局には全面的に協力している。原因究明が早く進むよう、一心に願っている」と話した[135]。
学校法人同志社
2026年5月22日、学校法人同志社から「同志社国際高等学校の研修旅行等に関する文部科学省調査結果の公表及び本法人の対応について」とする文書が公表された。「事前のリスク評価、事前説明及び当日の対応の不十分さ」、「校外活動における安全管理体制の不備」、「教育活動の適切性の確保に関する検討の必要性」、「監督体制に関する課題や学校法人としての管理体制及びガバナンスの不十分さ」等、本法人に対する指導が文科省よりあったとし、再発防止に取り組むとしている[195]。
2026年6月8日、ホームページに「同志社国際高校の研修旅行等に関する発信等について(お願い)」を掲載。その中で「同志社国際高校の沖縄研修旅行中における事故は、生徒の安全を最優先とすべき教育活動において、本法人の安全管理が十分に果たされなかった結果発生したもの」と言及。また「日本基督教団、ヘリ基地反対協議会をはじめとする特定の団体による学校運営への影響はありません」とした[196]。
同志社国際高校
記者会見
事故当日の協議会の会見に続き、翌日に同志社国際高校が記者会見を行い、それぞれ謝罪した。学校側が明らかにしたところでは、今回の抗議船乗船には旅行会社は関与していなかったこと、毎年教師3人が夏休みに行程を下見しており、過去には船に乗ったことがあったものの今年は乗っていなかったこと、生徒および保護者には抗議船とは伝えず「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」として伝え、乗船には保護者からの同意などはとっていないことなどが明らかになった[91]。また、協議会側は運行は「ボランティア」としている事に対し、学校側は使用料として船員らに5,000円ずつ計15,000円を協議会側に支払っていると説明しており、協議会側の説明と齟齬が生じている[172][173]。また、学校側は乗船した協議会所有の抗議船2隻が「(運輸局の)登録されているかは把握していない。そういう形でボートを出していて、普段から観光客や修学旅行生を乗せているのは理解していた」と答え、事故があった場合の保険の加入状況についても「確認していない」と述べた。学校では第三者委員会を立ち上げ、検証するとしている[197]。
保護者会
同月24日夜、同志社国際高校は事故に遭った2年生の保護者を対象とした外部非公開の説明会を開き、保護者に対して謝罪と説明を行った[100][101]。説明会には、亡くなった女子生徒の遺族を含む2年生の保護者約150人が参加し、オンライン参加した保護者もいた[100][101]。説明会は、18時半ごろから22時15分ごろまで行われ、保護者側から質問が相次ぎ、予定の2時間を大幅に上回る約4時間弱にわたって行われた[100][101]。保護者からの質疑の多かった疑問として「保護者の了解もなく生徒を抗議船に乗せた」ことや「引率の教諭2名が乗船せず、まったく引率になっていない」など学校側の対応に不信感や不満が相次いだとされる[198]。なお、学校側の説明で「教員が乗船しなかった」ことについては乗船予定であった教員1名が前日から体調不良を訴えて乗船せず、他の教員も乗船しなかったことを明らかにしている[13]。亡くなった女子生徒の保護者は、女子生徒が友達と綺麗なサンゴ礁が見たいという理由で辺野古コースを選択していたことを述べ、「珊瑚礁を見るだけなので外洋に出る必要ないですよね」という質問を行った。学校側は、外洋に出ていくと想像していなかったと答えた[13]。また、亡くなった女子生徒と同じ「平和丸」に乗っていた生徒の保護者が、その生徒から聞いた証言として、船長が引率教員が不在のため生徒にサービスしようと、迂回する航路(コース)に変えたこと、生徒らに船を操舵させていたことについて質問を行った。学校側は「引率である限りは生徒たちの安全確認だけではなく、監視の部分、何かあった時の緊急対応ということを含めて責任を負っていると思います。それを十分に果たせるような状況になかったことは、本当に申し訳ないと思っています」と答えた[199]。
同月25日、同志社国際高等学校は、2年生以外の保護者を対象とした説明会を開き、保護者に対して謝罪と説明を行った[102]。その中で、保護者からの質疑で、引率した2名の教員は当日波浪注意報が出ていたことを認識しておらず、出航を船長側の判断に委ねていたことが明らかになり、改めて学校側の生徒の安全確保に対する認識の甘さが浮き彫りとなった[102]。
5月22日に京都府が発表した調査内容によると、保護者説明会で学校が述べた内容とは異なり、2023年から辺野古での乗船が行われていたが下見は一度も行っていなかった[200][201]。
第三者委員会設置
同月28日、学校法人同志社は、事実関係解明、原因分析、再発防止策を目的として、利害関係を有しない弁護士により構成される、第三者委員会を設置した[103]。
始業式
2026年4月16日に行われた参議院の文教科学委員会では、松本大臣と国民民主党の伊藤孝恵議員と同校校長の始業式挨拶について質疑が行われた。それによると、黙祷もなく今回の事故の直接的な原因は私たちにあるわけではありませんとの断りがあったとし、学校はある意味でリスタートしますとの発言も、死亡者も遺族もリスタートなど出来ないと伊藤孝恵議員は怒りを表明している[202]。
東武トップツアーズ
同志社国際高校の研修旅行を1990年代から担当してきた旅行会社の東武トップツアーズは、事故発生日のうちに同社社長を本部長とする緊急対策本部を立ち上げ、3月24日には公式サイトに謝罪文を掲載し、「旅行全体の行程を管理する立場として、適切な助言や注意喚起を行なうなど、旅程管理という大切な本来の役割において万全を期すことができなかったことを真摯に受け止めております」として謝罪し、辺野古沖での乗船プログラム以外については同社が担当したものの、同志社国際高校側が乗船プログラムを直接企画・手配したことを説明した[203][204][205]。また同社は、ヘリ基地反対協議会との直接のやり取りはないと説明した[205]。
日本基督教団
死亡した「不屈」船長の男性牧師の所属先である[7]、日本基督教団は転覆事故の報を受け、事故当日(3月16日)午後、役員会において総幹事の下に「辺野古沖船転覆事故対策本部」を立ち上げ、亡くなった女子高校生と遺族と関係者に対し、心より慰めをお祈りすると発表した[206]。
2026年3月には、死亡した船長の自宅と牧師を務めた教会を海保が業務上過失致死傷などの疑いで家宅捜索した[207]。
死亡した女子生徒の遺族
2026年3月18日、事故で死亡した女子生徒の遺族が、現場海域に近い米軍基地のキャンプ・シュワブの敷地内を訪れ、海に向かって献花を行った。献花に際して海上保安庁第11管区海上保安本部中城海上保安部の仲介で米軍側窓口の紹介を受けた。第11管区海上保安本部などによると、遺族や被害者家族に対し、事故対応について詳細な説明をしているほか、各都道府県警の支援窓口を紹介しており、また被害者らの居住地が複数の府県にまたがっていることから、各県警にも第11管区海上保安本部から情報提供を行っているという[40][92][93]。
同月28日、死亡した女子生徒の遺族は、noteのアカウントを開設し、情報発信を開始した。死亡した女子生徒の父親は、遺族が実際に見聞きしてきたことを捜査内容については触れずに発信するとし、死亡した女子生徒の情報を正しく伝えること、一部世間に広がっている誤情報や誹謗中傷の訂正を行うこと、事実解明につながる情報を広く収集することを目的としていると説明し、事実解明につながる情報提供を呼び掛けている[104][105]。noteにて、故人が幼少期よりジャカルタのインターナショナルスクールに通い、インドネシア語や英語に堪能であったこと、米国の大学進学を希望し、明るく聡明な人柄であったことなどの思い出が綴られている[208]。5月2日投稿のnoteでは、遺族の姉によって思い出や妹を失った喪失感が綴られ、さらに「誰かの主張のために沖縄へ行ったわけではありません。」と抗議活動への主体的な参加が事実でないことなど、女子生徒本人の人柄について発信された[209]。
事故から3ヵ月目の6月16日に遺族が日本テレビの取材に応じた[210]。母は「あんなに間違えたことが嫌いで1つ1つ丁寧に生きてきた子が、なんでこんな大人のずさんさの犠牲にならなきゃいけなかったんだろうと悔しくて」と語った[210]。父は「(学校が)なぜ安全管理が十分にとられていないところに生徒だけ乗せてしまったのか」「自分が求めるのは全容解明ですのでツアー会社、学校、ヘリ基地反対協議会の話がどういう経緯で、どういう責任を持って今回生徒が船に乗ることになったのか。結果事故が起きてしまったのか、そこの責任のところですとか、誰がとかっていう実態をきちんと解明してほしい」と述べた[210]。姉は「一番は二度と同じような事故を起こしてほしくないですし、二度と子供たちを政治に巻き込まないでほしい」と訴えた[210]。インタビュアーは故人がファンだった嵐のメンバーだった櫻井翔が務め、前途ある高校生が命を落としたことを悔しく思うとコメントした[211]。姉は故人の思い出をnoteに記録し「こんなところで終わってもいい人生なんかじゃ絶対になかった」と悲しみを述べている[212]。
故人の父は、沖縄県議会が事故を調査する特別委員会設置案について自民以外の会派が反対を唱えたことについてnoteで言及し、県議会としての調査を望み、真相の解明と再発防止こそが、もっとも大切であると記載した[213]。当初は否決の公算だったが、遺族の意向を踏まえ、県政与党や公明が賛成に転じ、7月13日の本会議で全会一致で設置案が可決された[214][215]。
日本共産党
ヘリ基地反対協議会への関与
「平和丸」船長は花卉農家で、2015年には日本共産党と関係の深い全国商工団体連合会沖縄県連青年部協議会議長[216]、名護民主商工会(民商)副会長[217]であった。2022年には沖縄県今帰仁村議選に同党から立候補していた(落選)[218][219]。一部報道では日本共産党沖縄北部地区委員会農林漁業対策部長の役職者であるとされている[220]。
また、「平和丸」の購入、維持管理のためのカンパの振込先である「平和丸基金」口座の名義人は「平和丸代表・具志堅徹」である。 具志堅は共産党員の元沖縄県議会議員、元名護市議である[221]。
当初「ヘリ基地反対協議会」への関与を曖昧にしていた同党であった[222]が、2026年4月2日に中央委員長の田村智子が共産党沖縄北部地区委員会が構成団体であることを認めた[223][222]。
5月17日、党中央委員長の田村智子は那覇市で行われた演説会で参加者に対して、党の沖縄県委員会が転覆した船を運航した市民団体の構成団体であったため「高校生を船に乗せたこと自体が重大な誤りで、党として心からおわび申し上げます。」「事故原因の解明と遺族への謝罪、補償が行われるよう尽力していく」と述べた[224]。
翌18日、党書記局長の小池晃は会見で「一刻も早く直接の謝罪がね、ヘリ基地反対協議会として、ご遺族に対して直接の謝罪ができるように、現時点では努力していると聞いているので、ぜひこれを実現する方向で進めていってほしいなというふうに思っています」とコメント[225]。一方で、亡くなった女子生徒を乗せていた抗議船の男性船長は共産党の公認で沖縄の地方選に出馬した経緯が一部メディアの取材で確認されているが、共産側から言及がなかったことについて小池は「別に隠すつもりはないが、個人名は海上保安庁なども名前を出していない。表に出てくれば、その時に対応する」「われわれ、船長さんを含めて一番やらなければならないことは、捜査に全面的に協力して真相の解明のために力を尽くすことだ」と述べた[226]。
同志社国際高校の教育基本法第14条違反認定への反発
5月22日に文部科学省による同志社国際高校の教育基本法第14条違反認定に対し、日本共産党政策委員長山添拓は同日の記者会見で「安全管理の問題と教育内容の問題は別ですから、安全管理の不備の問題について、学校法人としての同志社に対して、文科省が何らかの対応をすると、これはあり得ることだと思います」と述べた。一方で「しかし(文科省の)教育内容に関する踏み込みというのは、文部科学行政としては謙抑的であるべきです。にもかかわらず、ずいぶん荒い事実認定のもとで踏み込んでいる。私はこれは教育内容に対する行政による介入だと言わざるを得ないと思います」と述べた[227]。
5月29日付けのしんぶん赤旗で共産党文教委員会責任者 藤森毅は自身の署名記事「解説ワイド」にて、文部科学省の見解が「前例のない教育現場への介入」として以下の理由を上げた[228]。
- 「抗議船を使用した」と言いますが、乗船は見学のためで、抗議活動ではありません。
- 「研修旅行初日の礼拝で事故で亡くなられた船長(牧師)が反対運動に言及した」と言いますが、自己紹介の一環で、特定の見解を押し付けたものではありません。
- 「数年前の旅行パンフに座り込みを訴える文があった」と言いますが、テント村がどんなところかを知らせるための文章転載であり、生徒に座り込みを訴えたものではありません。
- 「辺野古基地についての沖縄県の見解を学習したが、それ以外のさまざまな意見をとりあげなかった」といいますが、フィールドワークで行った先のことを知ることは、見解の強要でなければ、党派的政治教育とはなりません。 [229]
各所の反応
沖縄県
玉城デニー沖縄県知事
沖縄県知事でオール沖縄陣営の一人でもある玉城デニーは、事故発生を受けて取材に対し「大変痛ましい事故で、胸が痛い思いだ」と語り[230]、翌17日の県議会予算特別委員会には喪服で出席し、沖縄県庁幹部や出席議員らと犠牲者に黙祷を捧げた[231]。この事故を受けて、同年秋に予定されている沖縄県知事選挙への3選出馬表明を一時見送ることとなった[232]。なお、事故発生直後の同月19日には玉城と同志社国際高校の西田喜久夫校長が直接面談を行っている[233]。
その後、玉城は同月27日の定例会見では抗議船についての認識を問われ「抗議船というくくりで安全性に問題があるということではなく、抗議にも使われている船で、目的に合わせて使用されている船」との見解を示した。また、事故を起こした「平和丸」については過去の抗議活動の際に「デニー知事と共に頑張る」と書かれた横断幕を掲示している事が確認されているが、玉城は改めて協議会との関係について問われ「辺野古移設反対という考え方は私と共通するところがある」としつつも、「海上で抗議活動を行っていたことは報道でも承知をしているが、どのような条件の下で実施されていたか、詳細は把握していない」と釈明している[234]。
5月23日、同月22日に文部科学省が同志社国際高校の学習プログラムは政治的中立に反すると判断したことに対して「学ぶ環境を提供することは平和教育の根幹。そういうところに踏み込んでくるのは、踏み込みすぎだ」と批判した[235][236]。
沖縄県議会
2026年7月8日、沖縄県議会の各会派代表者会で、沖縄自民党・無所属の会が提案した修学旅行船舶転覆事故についての調査特別委員会の設置について協議、自民以外の各会派の「捜査中で時期尚早」「総務企画委員会で対応できる」などの反対意見で、意見の一致には至らなかった[237]。
7月10日、遺族がインターネットの投稿プラットフォーム「note」の「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」を更新。父親はnote上で、海上保安部による刑事責任の追及とは別に、学校、旅行会社、行政など全体の構造的な検証が必要であると指摘し「沖縄県側の受け入れの仕組みを検証できるのは沖縄県と県議会しかない」と訴え、「会派を超えた合意によって調査が行われること」を強く要望した[142][143][144][145][146]。7月13日、遺族の意向を受け、与党会派(てぃーだ平和ネット、立憲・無所属の会、日本共産党沖縄県議会議員団、沖縄社会大衆党)と中立の公明党が賛成に回り、調査特別委員会の設置を全会一致で可決した[142][143][144][145][146]。同日、遺族はnoteを更新し、「会派を超えたご判断に、遺族として心より感謝申し上げます」とつづった[145]。
大阪府
4月15日、大阪府知事の吉村洋文は事故を受けて、「学校行事は中立的にやっていくのが当たり前」と述べた。その上で運航団体や資金源を含めた調査の必要性を主張した[238]。 また、大阪・関西万博における安全対策への共産党などの批判を引き合いに出し、本件の安全管理体制も徹底的に検証すべきだと主張した[239]。
大阪府教育庁は、府内の公私立中高など計394校を対象に、過去3年間のヘリ基地反対協議会との関わりや政治的中立性への留意について書面調査を実施した[240]。 同月28日に調査結果が公表され、回答した388校すべてにおいて団体との関わりは確認されなかった。吉村はこの結果について「団体と関係する修学旅行を実施している学校がなく、よかった」と述べた上で、団体に対し「安全が十分確保されているとは到底思えず、非常に問題がある」と指摘した[241]。
基地移転に反対する立場の政党等の反応
オール沖縄
ヘリ基地反対協議会が参加している辺野古新基地反対活動の母体である、任意団体「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議(オール沖縄)」は事故発生翌日の17日に緊急幹事会を開き、事故時に「平和丸」を操舵していた船長も同席したうえで状況と対応を確認した。その中で船長は「不屈」が転覆した事を受けて「助けるか避難するか葛藤はあったが沈没した船に向かった」と当時の状況を説明した。オール沖縄は今後の対応の協議で、県内各地で取り組んできた抗議活動をその週内は自粛することを決めた。船を使った海上での抗議活動については、海上保安庁との安全対策の協議を行うまでは中止することも決めた。一方で会合では「喪に服しながらも抗議活動は続けるべきだ」との意見が出たとされる[242][243][244]。結局17日、反対運動の中心団体であるオール沖縄会議は22日まで自粛すると抗議活動の全面自粛を発表していたが[245]、翌18日には喪章を着用する形で座り込み抗議を行う姿が確認されており、実質的に1日で撤回される形となり、SNSなどを中心に批判が強まっている[246]。同月23日には「喪に服す」意味合いからマイクの使用は自粛されたものの、オール沖縄関係者による陸上での抗議活動が再開されており、座り込む者やダンプカーの前に横たわる者も出ている[247]。この横たわり活動を行った者は、抗議船「平和丸」の乗組員であり事故時に同乗していたことが報道されている[248]。
その他政界関係者
辺野古への基地移転に反対する立場の政党関係者では、元首相の鳩山由紀夫、日本共産党議長の志位和夫、委員長の田村智子、書記局長の小池晃、参議院議員の仁比聡平、沖縄1区選出であった前衆議院議員の赤嶺政賢、比例九州ブロック選出であった前衆議院議員の田村貴昭、元参議院議員の山下芳生、井上哲士、社会民主党党首の福島瑞穂、前副党首で前参議院議員の大椿裕子などが、過去に事故を起こした当該抗議船に乗船したことを明言、または記事で報じられている[249][250][251]。
日本共産党
一方、「平和丸」の船長は日本共産党役員で4年前に同党公認で県内の村議会議員選挙に立候補経験がある、と一部週刊誌で報道されており[252]、情報がインターネットなどを中心に拡散する中で「政治的立場ゆえに報道(特に「オールドメディア」と呼ばれる新聞・地上波テレビ局など)が抑制されているのではないか」という見方も一部で指摘されている[253]。これについて、日本共産党書記局長の小池晃は記者会見で、一部で伝えられている船長が日本共産党の関係者であるとの事実関係について問われ、「この問題はね、共産党とおっしゃるんだけれども、辺野古で海上ですね、(海に)出ていく船は限られているんですよ。その船しかないですよ。だから、あの船に乗ったのは共産党関係者だけじゃない。実際、現地に行かれた方は、いろんな野党のみなさんも行かれていますし、辺野古の基地を監視する、どんな状況で工事が行われているのか、そういったことを知ろうと思ったら、あの船しかないんです。〝共産党、共産党〟とおっしゃるけど、共産党だけの船でもないし、いろんな方が関わって運営していた船です」と釈明した[254]。5月17日、日本共産党の田村智子委員長は那覇市内で開かれた演説会で「修学旅行の高校生を船に乗せたこと自体が重大な誤りであり、ヘリ基地反対協議会の構成団体である日本共産党として、私からも心からおわびを申し上げる」と謝罪した[255][256]。6月27日、小池晃書記局長は那覇市で開かれた、沖縄知事選に向けた共産党と党後援会の総決起集会で「この事故を口実に、平和教育に介入したり、辺野古新基地建設反対運動を攻撃したり、ましてや知事選でデニー県政を倒そうとする。不幸な事故の最悪の政治利用だ。あまりにも卑劣だということを断固として抗議したい」と述べた[257]。
物議を醸した発言・問題行為
ヘリ基地反対協議会顧問と同姓同名の弁護士の誤情報拡散
事故発生直後より、ヘリ基地反対協議会顧問の安次富浩と同姓同名で別人の沖縄弁護士会所属の弁護士が混同され、SNSなどインターネット上で誤情報が拡散され誹謗中傷を受ける事態となり、沖縄弁護士会と弁護士が所属する法律事務所は、誤情報拡散を控えるよう求める注意喚起を行っている[258][259][260][261][262]。
抗議女性の「思いはきっと工事をやめてくれ」発言
2026年3月17日の取材において、辺野古で抗議活動をしている女性が謝罪を口にしつつも、「思いはきっと、『辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ』という意味で辺野古に来ていただいたと思う」と死亡した女子生徒の心情を自身の根拠のない憶測に基づき代弁した[263]。これについて産経新聞記者は一方的解釈であり、辺野古見学自体も「平和学習」といえるのか疑問を呈している[264]。
百田尚樹(日本保守党)の「自分の意思で乗ったんでしょ」発言
2026年3月18日、日本保守党党首で参議院議員・作家の百田尚樹がYouTubeの生配信番組『ニュースあさ8時!』に出演した際に、この事故について協議会側の対応を批判しつつも、「『基地反対だ』と言ってる人が乗っている船だと知って乗ったわけでしょ」と発言した。「(女子生徒が抗議船であることを知った上で)『私も同じ気持ちだ!』とみんなで乗ったわけでしょう」「犠牲者は気の毒ですよ。けど自分の意思で乗ったんでしょ。騙されて乗ったわけではなくて、巻き込まれたわけじゃない」と、生徒たちが基地建設に抗議する意図を持って乗船することを選択したはずとの持論を展開するなど、犠牲者側にも非があるような論調を行った事でSNSを中心に厳しい批判を受けた[265]。その後、百田は同月24日の日本保守党の記者会見でこの件について問われ、「どうしても10代は知識も足りず、一種の表層だけを受け取って、突き進んでしまう人はいつの時代にもいる。過去そういう人がいたという意味で言った。今回の被害者の女性がそうだったという発言はしていない」と釈明し、「そう受け取られるような私の表現も非常に良くなかった」と語った[266]。
服部良一(社民党)の「新基地建設が悪い」発言
オール沖縄の一翼を形成する社会民主党は、福島瑞穂党首などがSNSで犠牲者を追悼する投稿を行っている。その一方で党幹事長の服部良一は、2026年3月19日に国会前で行われた高市政権に対する抗議デモに参加した際にこの事件に触れ、「安全対策を取らないといけない」と発言しつつも「そもそも辺野古の新基地建設をいつまでも続けるのが悪い。埋め立てるのが悪い。こんなことをしなかったら、こういう事故も起こり得なかった」と、事故発生について政府に責任を転嫁するような発言を行い、SNSなどで強い批判を受けている[267][268]。2026年4月29日の社民党定期党大会では、来賓として出席した全労協渡辺洋議長が発言に言及し、基地の存在を事故の原因とするような見方を問題視した上で、反基地運動が正義であっても事故の責任までは軽減されないとして、党全体の自覚の希薄さを批判した[269]。
浅野健一(元同志社大学教授)の「天国でどう見ているか」「遺族は代弁すべきでない」発言
2026年5月、元同志社大学教授浅野健一が、「抗議船転覆事故乗り越え、辺野古新基地建設阻止を強化しよう」とした緊急学習会を、代表世話人として主催する告知を行った。告知内には「亡くなった生徒と○○牧師が天国で、高市自民党政権と政治家の動きをどう見ているのかを考えたいと思います」との記述があり、これに沖縄県議会議員らは強い反発を示し、SNS上でも犠牲者の政治利用を問う声がある[270][271]。同人は遺族と本人は別人格のため、本人意思を代弁すべきではないと発言した[272]。一方、死亡した女性生徒が同志社に対するバッシングは望んでないのではと死者の意思を推測したことについて、矛盾の指摘がある[273]。
記者会見の偽画像
X(旧ツイッター)において、2026年3月16日にヘリ基地反対協議会が行った記者会見の写真を加工した偽物の画像が拡散された[274]。
芥川賞作家の目取真俊による防犯カメラ映像公開への批判
芥川賞作家の目取真俊は、2026年7月5日付けの自身のブログ上で、辺野古移設に反対する団体「ティダの会」で作成したチラシ上での、産経新聞による港の防犯カメラ映像公開について批判し、市民のプライバシー流出を懸念し動画拡散を遺族が望んだのかと記載した。これに対し、産経新聞に、故人の母はむしろ公開による真実が明らかになった社会的貢献は大きく問題があると考えていない旨コメントを寄せた。また、遺族は平和丸船長や引率教員などがひとごとのような振る舞いでであり、人数確認も安否確認も行われない様子が確認できたとも述べ、改めて事故の責任は行事を実施した学校にあるとの認識を語っている[275][276]。なお、目取真俊は従前より基地抗議活動を行っている[277]。
報道に関する問題点
初期報道における誤報
朝日新聞社は、2026年3月16日(事故発生日当日)の12時半ごろに配信した朝日デジタルの記事において、転覆した2隻に乗船していた21人が「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設工事に対する抗議活動のため」乗船していたと記述した。しかし実際には、転覆した2隻に乗船していた同志社国際高校の生徒とヘリ基地反対協議会の船長や乗組員の21人は、当時普天間飛行場の辺野古基地移設工事に対する抗議活動は行っておらず、同志社国際高校の修学旅行プログラムの平和学習の一環として、辺野古基地移設工事の様子を見学するため乗船していた。同日21時、朝日新聞社は、誤報を認め、記事を修正し、謝罪した[15][278]。
被害者実名報道に至る流れ
死亡した女子高校生の遺族は、当初匿名報道を希望していたにもかかわらず、事故翌日より実名報道が一部で行われたこと[注釈 5]を残念に思いつつも、誤情報の訂正のためと世間が誤認したまま認識が風化することへの危惧から実名報道を受け入れることを表明した[279]。
報道量への批判
事故を巡るテレビ報道について、放送倫理・番組向上機構(BPO)に対して2026年3月は「放送局全体で放送する回数が少ない」[280][281]「知床遊覧船沈没事故と比較して報道回数が明白に少なく不自然」[282]、2026年4月は「検証報道が足りない、学校側の責任と運航者側の責任について更に詳細に取材・報道してほしい」「あまりにも報道が少ない、原因究明と再発防止のためにできることをしっかり報道してほしい」「主要メディアでの報道がきわめて少ない現状は、放送の公平・公正に反しており放送倫理上問題があると感じている」という意見が寄せられた[283]。2026年4月の視聴者意見をふまえて同年5月15日に開催された放送倫理・番組向上機構第218回放送倫理検証委員会では、本事故および京都府南丹市小5男児行方不明事件のいずれも言及がなされなかった[284]。
同時期に起こった京都府南丹市小5男児行方不明事件との詳細報道との比較に対する批判の声もあったという。また、新聞報道では産経新聞が突出した報道量を行っている[285]が、産経新聞東京編集局上席編集委員の皆川豪志は2026年4月時点で「産経新聞を除いて相変わらず低調」とし[281]、また、遺族noteを紹介する報道において「事故の背景情報」に関する記述の存在にあえて言及しなかったメディアが存在したことを指摘した[281]。2026年5月26日開催、第290回青少年委員会においては、報道情報量が少ないことについて、視聴者意見は印象面からの一面的な見方であるように思うとの言及があった。さらに、SNSでこれらの言説に触れた若者への深刻な影響が避けられないと危惧した[286][287]。
日経クロストレンドの分析では、3 - 4月の月報道時間において本事件が6時間29分で京都府南丹市小5男児行方不明事件の6分の1であり、知床遊覧船沈没事故では計37時間37分であったものと比較しても少なく、磐越道マイクロバス事故も集計前だがそちらが上回っていると推測されていることを述べている[288]。
2026年4月21日の参議院総務委員会の質疑にて齊藤健一郎は、京都府南丹市小5男児行方不明事件の報道と比較して本事故の報道が極端に少ないことを問題視し、メディアの過剰な報道と報道しない自由による情報空間の偏向を指摘した[289]。
2026年5月2日にABCテレビの関西ローカル情報番組『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』で、詳しく事故を特集した際、出演者の中間淳太は報道量の偏りに言及すると共に、平和活動により命を奪ったことを報道すべきとの趣旨を話した。番組ではテレビコメンテーターが抗議船に乗っている経歴との関係性や、センシティブさによりメディア躊躇でTV報道がなされないことが議論された[290]。
日本放送協会(NHK)副会長の山名啓雄は、2026年5月13日の参議院決算委員会にて梅村みずほ(参政党)の質問に対し、京都府南丹市小5男児行方不明事件よりも報道量が少ない理由として「男児が行方不明になってから父親逮捕まで3週間余りにわたったため、辺野古の事故と比べて報道量が多くなった」と答弁した。なお、この答弁が行われた2026年5月13日の時点において、本事故に関する捜査は継続中であった[291]。
2026年6月14日、元報道ステーションMCでフリーアナウンサーの古舘伊知郎は読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に出演し、本事故に関する報道について「ある種のリベラルに対する忖度の心理が働いてなければ、もっとやってるはず」との見解を示した[292]。
2026年6月17日、日本テレビ系情報番組DayDay.のMCを務める山里亮太は、本事故について、今後の子どもたちにも関わる重要な問題が含まれているにもかかわらず、その重要性に見合った報道がなされていないとの認識を示した[293]。また、事故発生から約3か月の間、遺族による継続的な発信がなければ、ここまで取り上げられることはなかったのではないかと指摘した[293]。さらに、本事故を取り上げている報道機関は多くないとしたうえで、問題の重要性と報道量が比例していないと述べ、本件を一過性の話題として終わらせるのではなく、今後も事故の経過を継続的に見守り、報道していく必要があるとの考えを示した[293]。
2026年7月12日、国民民主党の榛葉賀津也幹事長が那覇市で記者団の取材に答え、「地元メディアではあまり報道されていないとの報道に接したことがあるが、沖縄の関係者、SNSやネットではやはり相当、懸念の声がある」との認識を示した[294]。
ひろゆきも2022年10月、番組で現地に行き辺野古新基地移設への抗議活動を続けてきた人たちと口論になり、それを機に地上波のトーク番組に呼ばれなくなったと言う。辺野古基地反対運動に異を唱えるとメディアに出られなくなるとの力関係が発生していると指摘している[295]。
新聞読者投稿における不適切な表現
沖縄タイムスは、2026年5月1日の朝刊5面に、「天国から二人の声が聞こえてくる。『誹謗中傷にめげず、抗議行動を続けてほしい』と」という表現を含む読者投稿を掲載した。この記述について、沖縄タイムスは5月3日、「亡くなった方々の意思を断定する不適切な表現」を含んでおり、「本紙の編集過程の確認作業が不十分だった」として該当部分を削除し、おわび記事を公開した[296][297]。
ヘリ基地反対協議会共同代表による琉球新報イベントでの講演
事故から約1か月後の4月18日に開かれた琉球新報社主催の「沖縄戦の記憶継承プロジェクト」のフィールドワークで、抗議船を運航していた「ヘリ基地反対協議会」の共同代表・浦島悦子が事前告知なしで登壇して講演を行なっていたことが、週刊ポストの取材で明らかになった。一部の参加者からは、事故原因の検証が進む中で当事者を招いたことや、情報が伏せられていたことへの疑問の声が上がった。講演で浦島は「虚偽情報が山ほど流されている」と主張し、海が荒れていたという情報を否定した[298]。
琉球新報は講演実施の経緯について「閉じた勉強会」であるとして詳細回答を避け、ヘリ基地反対協議会側も主催者ではないとして説明を控えた。この報道は、本来であれば事故原因を追求する立場の地元紙が運行団体と密接な関係にあることを示唆しており、フィールドワーク終了後に琉球新報が掲載した主催記事(メディアが自ら企画・運営するイベントや行事について、そのメディア自身が報道する記事)でも浦島の名前は記載がなく、辺野古に行ったことすらも記載がなかったことから、報道姿勢に批判が集まった[298]。
この騒動を巡り、大型連休中に琉球新報社が「非常に残念なことですが、内部から情報が漏れた可能性があります」と参加者らにメールをしたことが報じられると、さらに批判が殺到した[299]。また、5月19日にはボギー手登根がX(旧Twitter)上で「沖縄戦の記憶継承プロジェクト」の運営名簿を入手し、公開した[300]。
法的責任問題
船舶関係者や学校法人の法令違反が関係機関により指摘されている。一方、死亡女子生徒の遺族は、2026年6月時点で学校法人、校長、教員について事故防止の機会を逸して被疑者として扱われていないことに強く不信の念を示している[301]。
刑法
2026年6月15日に、第11管区海上保安本部がヘリ基地反対協議会の共同代表2名と「平和丸」の船長、船員の計4名に対して、業務上過失致死傷などの容疑で、任意で事情を聴いていることが毎日新聞により報道された[134]。
海上運送法
2026年5月22日、国土交通省は、内閣府沖縄総合事務局運輸部を通じて中城海上保安部に対して、本来必要な海上運送法の事業登録を受けずに運送を行った事実が確認されたことにより、死亡した「不屈」船長に対する海上運送法違反の疑いで刑事告発した[302]。
教育基本法
教育基本法違反を巡る議論
認定反対派
学者・ジャーナリスト
2026年5月22日、文部科学大臣の松本洋平が同志社国際高等学校の普天間基地移設問題(辺野古移設工事)に関する学習について、政治的中立性を定めた教育基本法第14条2項に違反するとして史上初の教育基本法違反を認定したことを巡り、判断の可否が議論された。憲法学者の東京都立大学教授の木村草太が認定に疑問を呈し、政治ジャーナリストの田﨑史郎も現場が萎縮しないことが大切などの意見を表明した[303]。
政治家
政界からも野党を中心に懸念や批判の声が上がっている。中道改革連合代表の小川淳也は、安全管理と教育内容は区別すべきであり、いたずらに政治問題化することや行政による介入は望ましくないと指摘した[304]。
立憲民主党代表の水岡俊一は、平和学習は各学校が主体的に考えるものであるとして、政府が政治的中立について述べることに違和感を示し[305]、同党所属の参議院議員石橋通宏も文科省が政治的中立性を拡大解釈していると批判した[306]。
日本共産党所属の参議院議員吉良佳子[307]、社会民主党党首の福島瑞穂[308]、および公明党幹事長の西田実仁[304]らも、教育現場や平和教育の萎縮を招きかねないとの懸念を表明した。
教職員組合
京都教職員組合執行委員会は2026年5月27日に、文部科学省が同志社国際高の沖縄研修旅行を含む教育内容について政治的活動を禁じる教育基本法に違反すると認定したことについて、反対の声をあげ、私学助成金の減額についても実施しないよう求めた。なお私学である同志社国際高教員はこの組合に加入していない[310]。一方で、辺野古移設反対運動を支援してきた辺野古基金に教職員団体が賛同していることが着目されている[311]。
沖縄県教職員組合などは教育への不当介入と反発している[312]。
被爆者団体
長崎県内の被爆者団体・教職員組合など13団体は、認定について、法の規定を恣意的に解釈したもので学校教育への国の不当な介入・支配に当たると指摘。安全管理の問題を政治的中立性判断にすり替えていると問題視し、行政指導は当然としても教育内容への介入は乱暴過ぎるとした。また、沖縄や長崎、広島を訪れる平和学習は正しく歴史を知るために重要だと強調し、政治に批判的な見解を排除することは思想統制につながる恐れがあると懸念を示した[313]。
報道機関
毎日新聞も社説で権力による教育内容への介入は控えるべきだとしている[314]。沖縄タイムスも平和学習そのものが萎縮するのではないかと懸念を社説で示した[315]。日本経済新聞も社説で、法的な長年の姿勢を今回転換したことに疑問を呈した[316]。
認定賛成派
政治家
2026年沖縄県知事選挙への立候補を表明した前那覇市副市長の古謝玄太は、同年5月26日の取材において文部科学省の判断を「理解できる」と評価した。古謝は沖縄県が修学旅行を誘致する立場にある点に触れ、「両論があるような問題であれば、両方の立場の組織や団体を紹介すべき」と指摘した。平和教育の萎縮を懸念する声に対しては否定的な見解を示し、これまでの取り組みを維持しつつもう一方の意見も学ぶことで、十分に政治的中立性は保たれると述べた[317]。
自由民主党文部科学部会は5月25日の会議で議論し、安全管理の問題や偏った学習の懸念などから、文科省の認定を「政治的中立を守る任務に忠実な判断」と支持する声が上がった[318]。
国民民主党代表の玉木雄一郎は、文科省の報告書を納得できると評価し、平和活動イコール基地反対ではないと強調した[319]。同党幹事長の榛葉賀津也は5月22日の記者会見で「当然だ。お父さまやご家族が勇気を振り絞って発信され、その言動に文科省が動かされた。文科省の官僚の皆さんに深く敬意を表したい。心ある対応を取った」と述べた[320]。
参政党所属の参議院議員杉本純子は、特定の思想ではなく多様な視点から自ら考えさせる教育を重視すべきだと訴えた[309]。
日本維新の会所属の前参議院議員音喜多駿は、賛否ある社会的問題を教育の場で扱うこと自体は重要だとしながらも、必ず反対側の意見も同様に提示すべきだと指摘した[321]。
学者
マルクス主義者、哲学者であり、左派、反基地、反辺野古の立場をとる東京大学准教授の斎藤幸平は、「私の立場をはっきりさせると、私は左翼であり、辺野古の基地建設には反対です。だからといって、まず言わなければならないのは、今回の文科省の判断をもって教育への介入だと騒いだり批判したりする前に、平和教育の一環として生徒たちを反基地の抗議船に乗せることはやってはいけないと、むしろ反対する人たちだからこそ言わなければならないということです」と述べた[322][323]。さらに、「現場を見に行くにしても方法はあるでしょう。わざわざ安全が十分に確保されておらず、特定の政党が関与している抗議船に乗せるのはよくないのではないか。それが教育基本法第14条第2項に反しているのであって、少しレベルの違う話ではあるが、広島の原爆ドームで被爆者の話を聞いたり、沖縄で戦争を体験した人の話を聞いて平和について考えたりすることと、抗議船に乗せることとではかなり異なる。後者には政治的なニュアンスが強く出てきてしまう」と指摘した[322][323]。
社会学者の西田亮介は、本事案により本来の主権者教育や平和学習の理念が損なわれたと指摘した上で、深刻な偏向性、学習指導の欠落、安全管理の不備などを総合的に考慮すれば、文部科学省が教育基本法第14条違反の可能性を示した判断は妥当なものだったと評価した[324]。