近幌駅 日本の領有下の樺太元泊郡帆寄村にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia かつて近幌駅(ちかほろえき)と呼ばれていたチーハヤ駅(ロシア語: Станция Тихая)は、日本統治時代には樺太元泊郡帆寄村に存在し、現在のロシア統治下ではサハリン州チーホエ(ロシア語版)にあるロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部の駅である。 所在地 極東連邦管区サハリン州チーホエ(ロシア語版)北緯48度1分31秒 東経142度29分52秒駅番号 99510所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種別 旅客・貨物駅概要 チーハヤ駅, 所在地 ...チーハヤ駅 駅舎 Тихая ◄ポヤソク ツァープコ► 所在地 極東連邦管区サハリン州チーホエ(ロシア語版)北緯48度1分31秒 東経142度29分52秒駅番号 99510所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種別 旅客・貨物駅駅名変遷 1928年-1946年 : 馬群潭駅所属路線 コルサコフ-ノグリキ線キロ程 174.2 km(コルサコフ港起点)駅構造 地上駅ホーム 1面1線開業年月日 1927年11月20日テンプレートを表示閉じる 歴史 1927年(昭和2年)11月20日 - 樺太鉄道落合駅 - 知取駅間(170.5km)開業により設置。当時の読みは、「ちかぽろ」[1]。 1941年(昭和16年)4月1日 - 樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。読みを「ちかほろ」に改称[1]。 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵略、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。 1946年(昭和21年) 2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。 4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「チーハヤ」。 日本統治時代の駅名の由来 当駅の所在する地名からであり、地名はアイヌ語の「チカップ・オロ・ナイ(チカップ・エ・オロ・ウシ・ナイ)」(水鳥の沢山いる川)による[2]。 駅構造 駅構内 単式ホーム1面1線と操車場を有する地上駅。駅舎も設けられている。 運行状況 現在はポページノ駅、ポロナイスク駅と当駅の間に各1往復、ユジノサハリンスク駅、ノグリキ駅発着の特急は1往復のみ停車する。 日本統治時代 (1944年当時[3]) 上りは大泊駅行き2本と落合駅行き1本と白浦駅行き1本、下りは敷香駅行きが2本と上敷香駅行きと知取駅行き各1本であった。 大泊港駅発着の夜行列車は通過していた。 駅周辺 帆寄山(ロシア語名不明) 隣の駅 ロシア鉄道 コルサコフ-ノグリキ線 ポヤソク駅 - チーハヤ駅 - ツァープコ駅 日本統治時代 鉄道省樺太鉄道局 樺太東線 真縫駅 - (三浦峠信号場) - 近幌駅 - (蛯毛信号場) - 白石沢駅 脚注 [脚注の使い方][1]日本鉄道旅行地図帳 満洲・樺太(今尾恵介・原武史 監修 新潮社 2009年)p.66 [2]南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.425 - 426 [3]南樺太:概要・地名解・史実 p.60 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、チーハヤ駅に関連するカテゴリがあります。 サハリンの鉄道 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks