野木宿
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名所・旧跡等
- 野木神社: 仁徳天皇の御代、莵道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)を祀ったことに始まるとされる。坂上田村麻呂が奉納したとされる大銀杏の木があり、お乳の形に似ていることから乳の出ない母親に信仰された[4]。寿永2年(1183年)には野木宮合戦の舞台となり、江戸時代には古河藩主の崇敬を受けた。現在も、12月には古河市と野木町個々に「提灯竿揉み祭り」が行われるが、これはどちらも野木神社の神事「七郷めぐり」に付随するもので、神官行列の帰社(お帰り)を待つ人々が、寒さをしのぐために始めた提灯の揉み合いが起源である[5]。
- 満願寺: 野木神社の別当寺。宿内に寺院がなく、供養等に不自由だったため、元和2年(1616年)に宿内相談のうえ建立。野木町内の野木にある。[6]
- 法音寺: 応永2年(1395年)、真海により建立。新義真言宗の寺院。寺の周辺には中世城館の土塁と堀跡が残されている。日光街道沿い・野木宿北隣の現在の野木町友沼にある。[7]
- 満福寺: 古河公方ゆかりの寺院。明応2年(1493年)、足利成氏により開基。成氏の墓、連歌師・猪苗代兼載の墓がある。野木宿から南西へ約2km離れた現在の野木町野渡にある。