野沢悠真
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高校時代には宮城県高校総体の5000mで吉居駿恭を抑えて優勝した実績がある[1]。
創価大学1年時には激坂王最強決定戦で好成績を残すなど登りへの適性を見せる。第99回東京箱根間往復大学駅伝競走では5区に起用され、エースの嶋津雄大から襷を受け取るも5区区間14位と沈み、7位から10位に順位を落としてしまう。チームは往路10位。その後復路で健闘し総合8位でシード権を獲得した。
前述の通り登りへの適性があったものの、2023年4月に吉田響が東海大学から編入学したことにより、第100回東京箱根間往復大学駅伝競走では5区を吉田に譲る形で4区に起用。8位で襷を受け取る。しかし、前方との差を大きく広げられてしまう。順位は落とさなかったが、後続との差も縮まってしまう。区間15位ながらも8位をキープし吉田に襷を繋ぐ。往路は7位で終える。総合8位。上級生になり全日本大学駅伝対校選手権大会のアンカーにも起用される。チームは先月の36回出雲駅伝で過去最高順位[注 1]の4位という結果を残していた。その順位と同じ4位で襷を受け取る終始安定した走りで区間2位。7区終了時点で3位だった駒澤大学の山川拓馬が区間賞を獲得し、順位を上げるには至らなかったが、チームの過去最高順位のフィニッシュに大きく貢献した[2]。
第101回東京箱根間往復大学駅伝競走では3年連続3回目の出走を果たす。100回大会でブレーキになった4区に再び起用される。チームは2区の吉田響が日本人最高記録、14人抜きの激走で4位浮上、3区のムチーニも区間2位で2位に上がり、襷を受け取る。しばらくの間単独走が続くが、13キロ過ぎで青学大の太田蒼生に追いつかれる。その後も粘るが、徐々にその差は開いていき、単独3位に。そのまま3位で襷リレー。区間順位は6位だった[3]。2025大阪マラソンにも出場したが、65位と初マラソンは不完全燃焼に終わった。
第104回関東インカレでは男子2部ハーフマラソンに出場し、1時間01分49秒で2位に入賞した(ただし、誘導ミスのため参考記録扱いとなった)[4]。
37回出雲駅伝では初の出雲路ながらもアンカー兼エース区間の6区に抜擢。区間5位ながらもアイビーリーグ選抜を抜き去り、前回のチームの過去最高順位を上回る3位でフィニッシュした[5]。
第102回箱根駅伝では1年時以来3年ぶりとなる5区を走り、区間6位の成績だった。