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金英權

韓国のサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

金 英權(キム・ヨングォン、ハングル:김영권、1990年2月27日 - )は、大韓民国・全羅北道全州市出身のプロサッカー選手。Kリーグ1・蔚山HD FC所属。元韓国代表。ポジションはDF。

愛称 ヨングォン、ファイバー (화이바[注 1])
カタカナ キム ヨングォン
ラテン文字 KIM Young Gwon
ハングル 김영권
概要 金 英權, 名前 ...
金 英權
名前
愛称 ヨングォン、ファイバー (화이바[注 1])
カタカナ キム ヨングォン
ラテン文字 KIM Young Gwon
ハングル 김영권
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1990-02-27) 1990年2月27日(36歳)
出身地 全羅北道全州市
身長 186cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 蔚山HD FC
ポジション DF (CB, LSB)
背番号 19
利き足 左足[3]
ユース
大韓民国の旗 全州助村初等学校(朝鮮語版)
2002-2004 大韓民国の旗 全州海星中学校(朝鮮語版)
2005-2007 大韓民国の旗 全州工業高校(朝鮮語版)
2008-2009 大韓民国の旗 全州大学校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2010 日本の旗 FC東京 23 (0)
2011-2012 日本の旗 大宮アルディージャ 40 (0)
2012-2018 中華人民共和国の旗 広州恒大淘宝[注 2] 91 (3)
2019-2021 日本の旗 ガンバ大阪 76 (1)
2022- 大韓民国の旗 蔚山HD FC[注 3] 125 (3)
通算 298 (5)
代表歴2
2008-2009  韓国 U-20 20 (2)
2009-2012  韓国 U-23 23 (0)
2010-2024 大韓民国の旗 韓国 112 (7)
獲得メダル
サッカー
 韓国 U-23
オリンピック
銅2012 ロンドン男子
1. 国内リーグ戦に限る。2024年1月1日現在。
2. 2024年1月1日現在。
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来歴

プロ入り前

13歳でサッカーを始め、通学先の全州海星中学校のサッカー部でプレーした[3]。全州工業高等学校では生活苦からサッカーを断念しかけたが[4]、2008年に入学した全州大学校では大学1年次にサッカー部での活動と並行する形でフットサルを始めると、狭いスペースでの素早い判断と正確なボールタッチを必要とされることで技術を高め[5]、韓国にて全国大会への出場を経験した他、フットサルリーグで2009年度の得点王となった[6][7]。リーグ戦終了の2ヶ月後にフットサル韓国代表に選出され、同年10-11月にベトナム国内で開催されたアジアインドアゲームズに出場した。後にインタビューにて、「フットサルで習得した技がサッカーで生かすことができるんじゃないかと思って」続けてきたと語っている[7]。

2年次在学中の2009年、セルビア・ベオグラードにて開催された第25回ユニバーシアード競技大会の韓国代表に招集され出場。また、U-20韓国代表にも選ばれ2009 FIFA U-20ワールドカップに出場、チームの主力としてベスト8進出に貢献した。このU-20W杯でのプレーがFC東京の目に留まり[8][9]、同年11月から訪日し練習に参加、翌2010年シーズンからの正式入団が決定した[10]。

FC東京

FC東京での登録名はキム ヨングンとなった。

Jリーグ第3節C大阪戦でJリーグ初出場。左SBやCBで起用され、2010年6月6日のナビスコカップ第6節京都戦では直接フリーキックによるゴールを挙げた[11][12]。同年7月には自身にとって初のフル代表入りを果たし[13]、対ナイジェリア戦で3バックの左CBとして先発出場。若くしての活躍に「李正秀、趙容亨、郭泰輝の長所を併せ持つ選手が育っている」とも評された[5]。11月、U-21韓国代表として広州アジア大会に出場。趙広来韓国A代表監督は、2014 FIFAワールドカップを見据えて金や洪正好を育てると公言しており[14]、12月にはAFCアジアカップ2011予備登録メンバーに選出されるも、天皇杯準々決勝参加のために直前合宿を途中離脱したことや[15] 守備陣に経験を求めたことから[14]本登録はされなかった[注 4]。

大宮アルディージャ

2011年にJ1の大宮アルディージャへ完全移籍[16]。J1でもトップクラスと評されたフィード[17] を武器に活躍。大宮ではプレースキッカーも務めた。韓国代表では、AFCアジアカップ2011を最後に李榮杓が引退して以降、李の後継として[18][19] 左SBでも起用された[注 5]。6月3日のセルビアとの親善試合では、代表初得点を挙げMOMに選出された[22]。

2012年6月、ロンドンオリンピックに臨むU-23韓国代表に選出された[23]。

広州恒大/広州恒大淘宝

Jリーグでのプレーぶりをマルチェロ・リッピから評価され[24]、2012年7月、リッピが監督を務める中国超級リーグ・広州恒大足球倶楽部へ完全移籍[25]。チーム合流前に臨んだオリンピックでは、CBで金とパートナーを組む候補として挙げられていた洪正好、張賢秀の2人が負傷によりメンバーから外れたことで、ディフェンスリーダーとして重責を担うことになったが[26][27]、打点の高いヘディングと正確なロングパスで守備陣をリード[28]。銅メダル獲得に貢献した。

広州では趙源熙(韓国籍)に代わってAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメントのメンバーに登録され[注 6]、アル・イテハド戦でACL初出場を記録するも大敗を喫した。主力の一人として国内リーグでの3冠を達成。

2013年4月、長春亜泰戦において黄博文のフリーキックにヘディングで合わせ、中国リーグでの初得点を記録[29]。リーグ戦と平行開催のACLでは全試合に出場し[30]、馮瀟霆と共に[31] 冷静な守備で[32] 優勝に貢献した。A代表では、世代別代表でも金を指導した洪明甫(同年6月監督就任)の下で、再び洪正好と共にCBの主力として[33]プレーを続け、2014 FIFAワールドカップでもグループリーグ(GL)3試合に出場。しかし右膝負傷の影響から低調で[34][35]GL最下位に終わった。

さらに翌2015年のAFCアジアカップを終えた頃には背中を痛めたため、同年5月には一時帰国し治療に専念[35]。回復後はレギュラーに復帰し、同年8月に2019年6月末までの長期契約を締結[36]。同年末にはA代表で主将を務めた実績[37] と堅守、AFCチャンピオンズリーグの優勝により、趙昭賢と共に大韓サッカー協会から年間最優秀選手に選出された[38]。

2016年は左SBでも高評価を得ていたが[39]、9月の上海上港戦で相手FWフッキと接触し、左腓骨を骨折[40]。長期離脱を強いられた[41]。

2017年9月、韓国代表のキャプテンに就任し、2018年ワールドカップ・アジア最終予選ではキャプテンとして、韓国代表をまとめた。

2018年、2018 FIFAワールドカップに2大会連続で選出され、グループステージ3試合にフル出場し、ドイツ戦では後半終了間際にCKからゴールネットを揺らすも一時はオフサイドとなるが、VARの判定により先制点を記録した。

ガンバ大阪

2019年1月、ガンバ大阪に完全移籍で加入した[42]。4月28日、J1第9節ベガルタ仙台戦で移籍後初得点およびJリーグ初得点を決めるも、チームは1-2で敗れた。ちなみに、この得点はガンバ大阪における平成最後の公式戦得点となった。

2021年12月3日、契約満了による退団が発表された。

蔚山現代FC/蔚山HD FC

2021年12月19日、蔚山現代FCに完全移籍することが発表された。2022年11月、2022 FIFAワールドカップに3大会連続で選出され、12月2日に行われたGL最終戦のポルトガル戦では前半にCKから2大会連続ゴールとなる同点ゴールを決めて、その後チームは後半終了間際に勝ち越しゴールを決めて逆転勝利し、決勝トーナメント進出を決めた。チームが戦った全4試合にフル出場し、チームのベスト16入りに貢献。

加入以降、チームでは毎年主力を務めているものの、2024年に怪我をしてコンディションを落としたこともあり、2025年は代表招集が一度もなかった。最終的に2026 FIFAワールドカップのメンバーにも落選した。

エピソード

  • 2008年のミス・チャイニーズ・インターナショナル・ペイジェントの報道で艾尚真を知って以来、彼女のファンである[24]。
  • 金と洪正好は世代別代表で常にCBのパートナーとなり親友でもあったため[33][34]、オリンピックでの銅メダルは洪に捧げたいとコメントを残している[43]。
  • 2014年12月に結婚[44][34]。
  • 2022年12月、カタールワールドカップのポルトガル戦で、クリスティアーノ・ロナウドについて、「ずっと汚い言葉で叫んでいた」と悪態をついていた事実を明かしている[45][46][47]。また、このC.ロナウドの言動にインスタグラムで「泥棒」「引退しろ」の投稿が寄せられ炎上した[48]。

所属クラブ

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010FC東京17J12306120311
2011大宮202702100291
201213031-161
中国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2012広州恒大/
広州恒大淘宝
28超級70-40110
2013262-40302
2014161-00161
2015180-00180
2016150-00150
201740-5090
201850-0050
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2019G大阪19J13213010361
20202801020310
20211600000160
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2022蔚山19K1360-00360
2023321-10331
2024212-30240
2025360-20380
通算日本J1 1391153501594
中国超級 913001301043
韓国K1 1253-601313
総通算 355715324039410
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その他の公式戦
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国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2012広州2820-
201314030
201490-
201511030
201640-
201720-
201880-
2021G大阪1940-
2022蔚山50-
2023/24110-
2024/25/E4030
2025/26/E30-
通算AFC 77090
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その他の国際公式戦
出場歴

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 112試合 7得点(2010年 - 2024年)[51]
さらに見る 韓国代表, 国際Aマッチ ...
韓国代表国際Aマッチ
年出場得点
201020
201151
201210
2013100
2014110
2015141
201620
201740
2018141
2019150
202000
202171
2022153
202330
202490
通算1127
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ゴール

タイトル

クラブ

FC東京
広州足球倶楽部
蔚山HD FC

代表

U-20韓国代表
  • 水原国際ユース大会:1回(2009年)
U-23韓国代表
韓国代表

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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