鍛冶町は、小倉北区の町名であり、同地の歓楽街の名称でもある。城下町の町割りの名残で碁盤の目状の区画になっているが、区画道路の道幅が狭く、幹線道路以外は全て一方通行になっている。幹線道路沿いはオフィスビルが建ち並んでいるが、内部の区画道路沿いは居酒屋やクラブなどが非常に多く軒を連ね、小倉の夜の中心地となっている。
名所として、森鷗外旧居がある。1899年(明治32年)6月、第12師団軍医部長として小倉に赴任し、1900年(明治33年)暮れまで居住していた借家が保存されたものであり、森鷗外旧居前の通りは「オーガイストリート」と名づけられている[1]。