長城の戦い

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長城の戦い
戦争長城の戦い
年月日紀元前404年
場所の長城(現在の山東省済南市平陰県
結果の連合軍の勝利
交戦勢力
魏・趙・韓軍 斉軍
指導者・指揮官
韓景子
趙烈子
翟角
戦力
損害

長城の戦い[1](ちょうじょうのたたかい)は、中国戦国時代の長城において起こった三晋)の連合軍と斉軍の間の戦いである。

紀元前405年、斉の大夫の田悼子が死去し、田和が後を嗣ぐと、田布が大夫の田孫(公孫孫)を殺した。斉の大夫の田会(公孫会)が廩丘に反乱を起こしていた趙に帰順する。田布が廩丘を包囲したため、魏の翟角・趙の孔屑らが廩丘の救援に向かい、龍沢で田布を撃破した[2]

紀元前404年威烈王韓景子趙烈子・魏の翟角に命じて斉を攻撃させ、長城に入らせた[3]。このときも斉に侵攻していたが、の稷門の外で斉の康公と会盟し、講和した。三晋の軍は斉軍を撃破し、追撃して汧水にいたった。

戦後

脚注

参考文献

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