長宗我部元親 (南北朝時代) From Wikipedia, the free encyclopedia 長宗我部 元親(ちょうそかべ もとちか、生没年不詳)は、長宗我部氏の15代当主。土佐国岡豊城主。備前守。 応永年間の人物とされる[1]。父は長宗我部能重。子に長宗我部文兼・宥性・長宗我部益光・長宗我部親正・瀬本兼相・長宗我部安秀・小原・仲堂(蓮如寺院主)がいる。『土佐物語』によると、元親は中央政権とのパイプ作りに熱心であり、土佐に居住していて、礼儀作法に無知であったため、京都に一条経嗣の館を訪ねて衣食住の法式を指南してもらった[2]。 脚注 ↑ 長宗我部友親『長宗我部』文春文庫。 ↑ 長宗我部友親『長宗我部』文春文庫。 表話編歴長宗我部氏第15代当主 能俊 俊宗 忠俊 重氏 氏幸 満幸 兼光 重俊 重高 重宗 信能 兼能 兼綱 能重 元親 文兼 元門 雄親 兼序 国親 元親 盛親 親典 與助 弥左衛門 久蔵 惣亟 弥右衛門 弥四郎 歡次 與助 與右衛門 重親 吉親 親衛 林馬 友猪 友親 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles