長谷工コーポレーション
日本の建設会社
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株式会社長谷工コーポレーション(はせこうコーポレーション、英: HASEKO Corporation)は、東京都港区芝二丁目に本社を置く準大手ゼネコン。マンション建設の国内最大手であり、首都圏・近畿圏におけるシェアトップ。
略称
長谷工
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本社 | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 機関設計 | 監査役会設置会社[1] |
| 市場情報 |
大証1部(廃止) 1808 1961年10月2日上場 |
| 略称 | 長谷工 |
| 本社所在地 |
〒105-8507 東京都港区芝二丁目32番1号 北緯35度39分1.1秒 東経139度44分58.9秒 |
| 設立 | 1946年8月22日 |
| 業種 | 建設業 |
| 法人番号 | 7010401024061 |
| 事業内容 | 総合建設業 |
| 代表者 |
辻範明(代表取締役会長) 池上一夫(代表取締役副会長) 熊野聡(代表取締役社長) |
| 資本金 |
575億円 (2025年3月31日現在) |
| 発行済株式総数 |
300,794,397株 (2025年3月31日現在) |
| 売上高 |
連結:1兆1773億5300万円 単独:7791億330万円 (2025年3月期) |
| 営業利益 |
連結:847億100万円 単独:452億2500万円 (2025年3月期) |
| 経常利益 |
連結:834億800万円 単独:515億6800万円 (2025年3月期) |
| 純利益 |
連結:344億500万円 単独:374億6900万円 (2025年3月期) |
| 純資産 |
連結:5320億3300万円 単独:4209億2900万円 (2025年3月31日現在) |
| 総資産 |
連結:1兆3652億300万円 単独:1兆735億8500万円 (2025年3月31日現在) |
| 従業員数 |
連結:8,307名 単独:2,556名 (2025年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | EY新日本有限責任監査法人 |
| 主要株主 |
Ichigo Trust Pte. Ltd. 19.69% 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口)14.29% 株式会社日本カストディ銀行(信託口)10.36% 株式会社りそな銀行 4.54% 長谷工グループ従業員持株会 4.07% 住友不動産株式会社 3.57% CEP LUX-ORBIS SICAV 2.08% 長谷工コーポレーション東京取引先持株会 1.47% STATE STREET BANK AND TRUST COMPANY 505001 1.22% JP MORGAN CHASE BANK 385781 1.20% (2025年3月31日現在) |
| 関係する人物 |
内藤大助(元社員、プロボクサー) 吉野裕之(社員、プログラムオフィサー、歌人) |
| 外部リンク | 長谷工コーポレーション |
| 特記事項:経営指標は、長谷工コーポレーション『第109期 有価証券報告書』(2025年6月26日)を参照。 | |

日経平均株価およびJPX日経インデックス400の構成銘柄の一つ[2][3]。
スローガンは「~いい暮らしを、創る。住まいのオンリーワングループ~」「住まいと暮らしの創造企業グループ」。現在のシンボルマーク(永井一正作)は長谷工の頭文字「H」をベースに、青い直方体は「快適な都市空間・都市生活」を、赤い丸は「人間の逞しいエネルギー」、緑の三角錐は「豊かな自然環境」をイメージしている[注釈 1]。
沿革
- 1937年(昭和12年)2月 - 兵庫県尼崎市に長谷川武彦が個人経営として「長谷川工務店」を創業[4]。
- 1946年(昭和21年)8月 - 兵庫県姫路市に本店を移転して法人改組し、「株式会社長谷川工務店」を設立[4]。
- 1951年(昭和26年)2月 - 関東地方での事業を拡大するため東京出張所を開設[4]。
- 1953年(昭和28年)8月 - 業務拡大のため本店を大阪市に移転[4]。
- 1961年(昭和36年) - 3月に株式を店頭公開。10月に大阪証券取引所第二部へ上場。
- 1962年(昭和37年) - 3月に東京証券取引所二部へ上場。12月に名古屋証券取引所第二部へ上場。
- 1965年(昭和40年)4月 - 東京・大阪・名古屋の証券取引所において市場第一部へ指定替え[4]。
- 1968年(昭和43年) - マンション開発事業に参入。
- 1970年(昭和45年)12月 - 東京都渋谷区道玄坂の長谷川第8ビルに本店を移転した[4]。株式会社長谷工不動産設立(現在は連結子会社)。
- 1973年(昭和48年)12月 - 事業開始から5年目で施工戸数日本一を達成[4]。
- 1974年(昭和49年)12月 - 本店を港区赤坂三丁目の「赤坂ロングビーチビル」に移転[4]。
- 1981年(昭和56年)1月 - 本社を港区芝二丁目の「芝本社ビル」へ移転[4]。
- 1988年(昭和63年) - 京都ブライトンホテルを開業し、ホテル事業に進出。現在の社名「長谷工コーポレーション」に改称[4] し、HをモチーフとしたCIロゴを導入(旧大和銀行のDマークVIロゴと図案が類似していた)。
- 1990年(平成2年) - 千葉県浦安市で浦安AMCプロジェクトに着手。
- 1995年(平成7年) - この頃、バブル崩壊の影響が顕在化。資産圧縮計画を策定。本社が抱える6910億円(簿価)のうち3800億円を処分する方針を決定。受け皿会社への移管で、1900億円の損失処理。
- 1997年(平成9年) - 3月に関東で、7月には関西でそれぞれISO 9001(品質の管理・保障システムの国際規格)を共同住宅の建設で国内で初めて取得した。
- 1998年(平成10年) - 34金融機関に融資残高の48%一律カットを要請。債務免除総額は3942億円の巨額に達した。
- 1999年(平成11年) - 長谷工が再建計画を修正。主力三行の負担割合を引き上げ、債権放棄総額3942億円のうち396億円は債務の株式化による出資に切り替え(2月)。3546億円の債務放棄と借入金396億円の出資への切り替えを32金融機関が合意。合田耕平社長は引責辞任。建設省出身の嵩聡久専務が昇格(5月)。
- 2001年(平成13年) - ISO 14001(環境マネージメントシステムの国際規格)を7月に関西で、10月に関東でそれぞれ取得した[4]。
- 2002年(平成14年) - 主力3行が債務株式化を活用した1500億円の追加支援を決定。2000億円の不動産関連損失処理を実施。
- 2003年(平成15年) - 1月に名古屋証券取引所の上場を廃止。8月に主力行のりそな(旧大和)銀行が自己資本比率の大幅低下で事実上国有化される。
- 2005年(平成17年) - リユース事業へ参入[4]。リサイクルショップ「カシコシュ」第1号店オープン[4]。
- 2011年(平成23年) - マンション施工戸数累計50万戸達成[4]。
- 2013年(平成25年) - ホテル事業を行う子会社の株式会社ブライトンコーポレーションの全株式をオリエンタルランドの100%子会社である株式会社ミリアルリゾートホテルズに売却。ホテル事業から撤退。蓼科ブライトン倶楽部については同社に引き継がれずに4月1日のチェックアウトをもって閉館し、残務処理は長谷工本社に移された。11月29日、生活科学運営の持株会社である生活科学ホールディングスの株式を長谷工アネシスおよび不二建設を通じて100%取得。これによって生活科学運営は長谷工コーポレーションのグループ企業となる。
- 2014年(平成26年)3月6日 - 第一回B種優先株の残り1000万株のうち、400万株の取得・消却を発表。同24日に消却。
- 2014年(平成26年)6月27日 - 第一回B種優先株の残り600万株の全株取得・消却を発表。7月14日に消却し優先株が消滅。
- 2015年(平成27年)5月28日 - 不二建設とともに総合地所の発行済全株式を取得、子会社化[5]。
- 2015年(平成27年)12月17日 - 不二建設とともにジョイント・コーポレーションの発行済全株式を取得し、子会社化[6][7]。
- 2016年(平成28年)4月1日 - 生活科学ホールディングスを長谷工シニアホールディングスに商号変更。センチュリーライフを同HDの子会社に移行[8]。
- 2017年(平成28年) - 2018年(平成30年) - 創業80周年プロジェクトとして、東京都多摩市鶴牧に技術研究・研修拠点や企業博物館「長谷工ミュージアム」を整備[9]。
- 2020年(令和2年)2月 - 細田工務店を子会社化して、一戸建ての建築・分譲事業を開始。
歴代社長
| 代数 | 氏名 | 在任期間 | 出身校 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 長谷川工務店社長 | |||||
| 1 | 長谷川武彦 | 1946年 - 1969年 | 関西高等工学校建築科 (現・大阪工業大学) | ||
| 2 | 水上芳美 | 1969年 - 1987年 | 神戸商業大学 (現・神戸大学) | ||
| 3 | 合田耕平 | 1987年 - 1988年 | 京都大学法学部 | ||
| 長谷工コーポレーション社長 | |||||
| 3 | 合田耕平 | 1988年 - 1999年 | 京都大学法学部 | ||
| 4 | 嵩聰久 | 1999年 - 2005年 | 東京大学法学部 | 建設省出身 | |
| 5 | 岩尾崇 | 2005年 - 2010年 | 東京大学経済学部 | 大和銀行出身 | |
| 6 | 大栗育夫 | 2010年 - 2014年 | 東京理科大学工学部 | ||
| 7 | 辻範明 | 2014年 - 2020年 | 関西大学法学部 | ||
| 8 | 池上一夫 | 2020年 - 2025年 | 早稲田大学理工学部[10] | ||
| 9 | 熊野聡 | 2025年 - 現職 | 神戸大学経済学部[11] | ||
施工物件の特徴
- マンション事業第一号は1969年に兵庫県芦屋に建築した「芦屋松浜ハイツ」。
- 100世帯程度の小規模マンションよりも、300世帯を超える団地型の大規模マンションのプロジェクト開発・建設が多い。
- 1980年から現在の新浦安駅周辺を「浦安AMCプロジェクト」として大規模な都市開発に着手し、1990年代前半までの間に1248戸の分譲マンション(エル・シティ新浦安)、2棟のオフィスビル、2棟のホテル、ショッパーズプラザ新浦安等を開発・誘致し、2003年に超高層分譲タワーマンション2棟(エア・レジデンス新浦安)を竣工するに至り、大規模開発物件の一つとして知られる。
- 2000年代以降は学校・工場・社宅等の跡地に建てた大規模物件が多い。スーパーマーケットや託児所などの誘致や、フリースペース類の設置など共有施設が充実している。
- 竣工マンションの建築構造の特徴としては、厚さ200ミリの床スラブの上にカーペットやフローリングを直張りする直床工法、戸境壁のコンクリートの両側に軽量鉄骨を組み立てた上に石膏ボードで仕上げ、その上にクロスを貼る二重壁工法が挙げられる。
- 高齢者介護付きマンション「センチュリーシティー」シリーズを各地に展開している。
- 自社開発物件の他、住友不動産、野村不動産、三井不動産レジデンシャル、三菱地所レジデンスなど同業デベロッパーが売主となるマンション建設(主に大型物件)も行っている。近年は首都圏での民鉄系デベロッパーによる建築物件も多い。
現在も数百件の開発を行っている。[12]
不祥事・事件
主な加盟団体
- 日本経済団体連合会
- 日本建設業団体連合会
- 不動産協会
- 不動産流通経営協会
- 新都市ハウジング協会
- マンションリフォーム推進協議会
CM
出演者
提供番組
現在
テレビ
※提供テロップは「長谷工グループ」である。
ラジオ
- JFN系列
- Morning Gathering(AIR-G' 天気予報)
- JRN・NRN系列
- tbc交通情報(tbcラジオ、2025年4月-)
- ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です(ABCラジオ、みよスポ)
過去
テレビ
- ANNニュースレーダー→ニュースシャトル(テレビ朝日・関東ローカル。同業のフジタ工業も提供。)
- たいむ6(朝日放送)
- 600ステーション→ステーションEYE(朝日放送、テレビ朝日発全国パートの関西ローカルスポンサー)
- JNNニュース22プライムタイム→JNNニュースデスク'88・'89 (TBS系全国ネット、隔日)
- FNNスーパータイム(フジテレビ・関東ローカル)
- 遠くへ行きたい(読売テレビ)
- FNNスーパーニュース(フジテレビ・関東ローカル)
- FNNスーパーニュースWEEKEND(関西テレビ・関西ローカル)
- FNN東海テレビスーパーニュース(東海テレビ・東海ローカル)
- おはよう朝日です(朝日放送・関西ローカル)
ラジオ
- JFN系列
- Morning BrushDate fmTraffic(交通情報)、2023年-2025年3月[20])
ほか
主なアワード
- ウエリス豊中桃山台の敷地に広がる「こもれびテラス」は、第三者認証としてJHEP認証制度における最高ランク(AAA)を受けている。
関連項目
- ブライトンホテルズ - ホテル事業、上述の通りミリアルリゾートホテルズに譲渡している。
- 長谷工住まいのデザインコンペティション - 主催
- 日本の企業一覧 (建設)