関原 (台湾)

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標高
2,374 m
等時帯 UTC+8 (台湾時間〈TST〉)
関原
繁: 關原(英: Guanyuan)
: 關原: Guanyuan
関原の位置(台湾内)
関原
関原
中華民国台湾)内の位置
座標:北緯24度11分07秒 東経121度20分31秒 / 北緯24.18528度 東経121.34194度 / 24.18528; 121.34194
中華民国の旗 中華民国台湾
花蓮県
山地郷 秀林郷
村里 富世村
標高
2,374 m
等時帯 UTC+8 (台湾時間〈TST〉)
郵便番号
972068[1]
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関原(かんげん、せきはら、せきがはら[2]〈関ヶ原[3]〉、: 關原〈クァンユェン[4]〉)は、台湾中部横貫公路(東西横貫公路)、省道台8線の起点(台中市東勢区)からの距離117キロメートル[5][6]、標高2372メートルに位置する。花蓮県秀林郷の北西部の富世村に属する地区である。中部横貫公路最高点の大禹嶺(標高2565m)より太魯閣方面に向かう高地にあり、渓谷に近い地形の気候要素により雲海の発生することが多く、「関原雲海」[7]、「合歓観雲」と称される[2]

関原は中央山脈に位置し、北側の畢禄山(標高3371m)の下方にあり、南側には立霧渓(タツキリ渓谷[8])が東に延び、渓谷の向こう側に屏風山中国語版(標高3250m[9])を望む。中部横貫公路沿線の平坦な高地にあり[2]、東約11キロメートル (11.13km[10]) の碧緑神木と[11]西約5キロメートル[4](4.9km[2])の大禹嶺の間に位置する。

歴史

1914年、関原巡察時の佐久間左馬太総督(正面中央)一行
関原の雲海(左: 中部横貫公路「金馬隧道」)

1914年の太魯閣戦争中国語版(太魯閣戦役[12])の際[13]合歓山の麓より立霧渓谷沿いに軍用道路が開削され、台湾総督佐久間左馬太の指揮のもと太魯閣族(タロコ族[14]原住民討伐のために使用された[15][16]。屏風渓(屏風山渓谷)と塔次基里渓(立霧渓中流)が合流する河岸段丘地点が[17]第一陣営として使われ、駐屯した佐久間総督により岐阜県の「関ヶ原」(不破郡関ケ原町)にちなんで名付けられた。その場所は現在の中部横貫公路の下方、標高約2000メートルにある「関原旧跡」(: 關原駐在所)であり、命名は、かつて西の托博閣(陶樸閣〈Tpuqu〉[18]) 族と東の太魯閣族が、この狩猟地の縄張り争いを引き起こしたことに由来する[2][17]

施設

  • 関原ガソリンスタンド: 關原加油站[19]) - 台湾中油。1986年(民国75年)開設。台湾最高地点のガソリンスタンド[20][21]
  • 合観派出所(: 合歡派出所) - 花蓮県警察局: 花蓮縣警察局)新城分局[22]。台湾最高地にある交番: 派出所)の1つ[23]。ほかには翠峰派出所(標高2300m)・華岡派出所(標高2450m)がある[24]
  • 旧・関原焼却場: 關原焚化廠) - 関原周辺一帯のごみ焼却施設として開設されたが、処理量不足や不完全燃焼などから使用停止。その後、2009年(民国98年)の施設転用の発表まで10年余り放置された[25]
  • 救国団観雲山荘(: 救国團觀雲山莊) - 中国青年救国団が運営する関原の宿泊施設[26]。救国団青年活動センター(: 救国團青年活動中心)の1つ[27]

周辺

  • 大禹嶺 - 「合歓山隧道」中部横貫公路最高点。西方約5キロメートル(標高2565m)。
  • 碧緑神木 - ランダイスギの巨木。樹齢300年余り、樹高50メートル、直径3.5メートル。東方約11キロメートル(標高2150m)[11]

脚注

参考文献

関連項目

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