関浩二
日本のサッカー選手
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関 浩二(せき こうじ、1972年6月26日 - )は、東京都青梅市出身のサッカー指導者、元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(FW)。
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| カタカナ | セキ コウジ | |||||
| ラテン文字 | SEKI Koji | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1972年6月26日(53歳) | |||||
| 出身地 | 東京都青梅市河辺町[1] | |||||
| 身長 | 176cm | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| ユース | ||||||
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1990-1993 |
| 0 | (0) | |||
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→ | ||||||
| 1994-1995 |
| 53 | (40) | |||
| 1996-1998 |
| 44 | (7) | |||
| 1998 |
| 6 | (0) | |||
| 1998-1999 |
| 29 | (6) | |||
| 2000-2002 |
| |||||
| 通算 | 132 | (53) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1990 |
| |||||
| 監督歴 | ||||||
| 2013-2014 |
| |||||
| 2013 |
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1. 国内リーグ戦に限る。..現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
来歴
小学生の頃から読売サッカークラブ(現:東京ヴェルディ)の下部組織に所属[2]。1990年にトップチームに入団(第2節より追加登録)したが、出場機会には恵まれず読売サッカークラブ・ジュニオールに登録変更し、JSL2部でプレーしていた[2]。
1994年、ジャパンフットボールリーグ・東京ガスサッカー部(現 FC東京)に移籍。同部にとっては初の日本人選手とのプロ契約だった[2]。関はアマラオと2トップを組み、負傷や累積による出場停止を除いてフル出場を続け得点を量産。攻撃の軸の一人としてサポーターからも絶大な支持を得ていた。アマラオからは「関は大切な友達で、良い選手だった。勝ちたいという気持ちが強くチームに良い影響を与えた」と評されている[3]。1995年には日本人得点王となり、チーム初のベストイレブンにも選出された。また同年のJFLオールスターサッカーのメンバーに選出され、1ゴールを挙げた[4]。
東京ガスでの活躍を買われ1996年にベルマーレ平塚(現 湘南ベルマーレ)に移籍。念願のJリーグ復帰と[5]、Jリーグデビューを果たした。
1998年途中に古巣・東京ガスに期限付きで移籍。関の加入によるポジション争いでチームは活性化し[5]、同年のリーグ優勝を果たしたが、関自身は1トップの布陣の中でサイドハーフに配され[6]、負傷も重なって無得点に終わった。
さらに同シーズン途中(移籍登録期限直前の10月21日)より、J1参入決定戦に向けて補強を図る[6]コンサドーレ札幌から声がかかり、レンタルにて移籍。翌1999年からは札幌に完全移籍したが、同年で契約満了により退団。
2000年より地元[5] の関東1部・青梅FCに加入。日本フットボールリーグ(JFL)昇格を目標に、地域リーグ決勝大会に臨んだが、敗退を喫した。2002年限りで退団。
その後、古巣である札幌のジュニアサッカースクールコーチに就任し、2004年から2年間は札幌U-12コーチ、2006年より札幌U-15コーチ、2013年より札幌U-15監督と育成年代の指導を担当した。2012年、JFA公認A級コーチジェネラルライセンスを取得[7]。
2016年、ツエーゲン金沢のヘッドコーチに就任[8]。2019年2月、一身上の都合によりトップチームから離れると発表された[9]。
2021年、カマタマーレ讃岐のコーチに就任。
2023年、レノファ山口FCのトップチームコーチに就任[10]。同年終了をもって退任した[11]。
2024年、日テレ・東京ヴェルディベレーザ のトップチームヘッドコーチ就任[12]。
2025年7月、FC町田ゼルビアのアカデミーコーチに就任した[13]。
2026年、浦和レッドダイヤモンズ・レディースのブリッジコーチに就任した[14]。
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | JSL杯/ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1990-91 | 読売 | 26 | JSL1部 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 1991-92 | 28 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 1992 | V川崎 | - | J | - | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
| 1993 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 1994 | 東京ガス | 9 | 旧JFL | 26 | 15 | - | 3 | 1 | 29 | 16 | |
| 1995 | 27 | 25 | - | 1 | 0 | 28 | 25 | ||||
| 1996 | 平塚 | - | J | 21 | 6 | 15 | 8 | 3 | 1 | 39 | 15 |
| 1997 | 9 | 16 | 1 | 2 | 0 | 3 | 2 | 21 | 3 | ||
| 1998 | 7 | 0 | 0 | 0 | - | 7 | 0 | ||||
| 1998 | 東京ガス | 30 | 旧JFL | 6 | 0 | - | - | 6 | 0 | ||
| 1998 | 札幌 | 29 | J | 4 | 0 | - | 3 | 2 | 7 | 2 | |
| 1999 | 11 | J2 | 25 | 6 | 1 | 0 | 2 | 1 | 28 | 7 | |
| 2000 | 青梅 | 9 | 関東 | - | - | ||||||
| 2001 | - | - | |||||||||
| 2002 | - | - | |||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 48 | 7 | 17 | 8 | 9 | 5 | 74 | 20 | |
| 日本 | J2 | 25 | 6 | 1 | 0 | 2 | 1 | 28 | 7 | ||
| 日本 | JSL1部 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 日本 | 旧JFL | 59 | 40 | - | 4 | 1 | 63 | 41 | |||
| 日本 | 関東 | - | - | ||||||||
| 総通算 | 132 | 53 | 18 | 8 | 15 | 7 | 165 | 68 | |||
- その他の公式戦
- 1998年 J1参入決定戦 4試合0得点
代表歴
- 1990年 日本ユース代表
指導歴
- 2002年 - 2015年 コンサドーレ札幌
- 2002年 - 2004年 ジュニアサッカースクールコーチ
- 2004年 - 2005年 U-12 コーチ
- 2006年 - 2012年 U-15 コーチ
- 2013年 - 2014年 U-15監督
- 2013年 北海道選抜 (国民体育大会サッカー競技) 監督 (兼務)
- 2015年 U-15コーチ
- 2015年8月 - 同年12月 U-18 コーチ (兼務)[15]
- 2016年 - 2018年 ツエーゲン金沢 ヘッドコーチ
- 2019年 - 2020年 Raffle瑞穂FC コーチ
- 2021年 - 2022年 カマタマーレ讃岐 コーチ
- 2023年 レノファ山口FC コーチ
- 2024年1月 - 2025年5月 日テレ・東京ヴェルディベレーザ ヘッドコーチ
- 2025年7月 - 同年12月 FC町田ゼルビア アカデミーコーチ
- 2026年 - 浦和レッドダイヤモンズ・レディース ブリッジコーチ