中学時代は野球少年だったが、全国中学校駅伝大会準優勝の経験を持つ2歳上の兄である阿久津浩之の影響で、佐野日本大学高等学校進学後に本格的に陸上を始める[2]。
大学は日本大学に進学し、チームの主軸として活躍。2年時には全日本大学駅伝7区で区間賞を獲得し、チームの優勝に貢献した。最終学年時には主将を務めた。
大学卒業後は富士通に就職。社会人1年目からニューイヤー駅伝2009のメンバーに選出され、6区区間2位の好走。チームを日清食品グループと旭化成を1秒差で抑えての劇的優勝に導いた。阿久津は2年後のニューイヤー駅伝2011でも6区を担当し区間賞を獲得したが、チームはこの大会では2年前とは反対に、トヨタ自動車との優勝争いに1秒差で敗れ、準優勝に甘んじた。
2013年6月をもって現役を引退[3]。