木工工場(箪笥などの家具製作など)・洋裁工場・各種作業(ホタテ網組み立て・紙細工など)工場があり、木工・漆[注 7]・建設塗装の職業訓練もある[16]。
伊奈かっぺいが若手時代に、牧良介らとともに慰問の一環としてトークを行っていたことがある。その時のエピソードとして、入所者は刑務官の許可無くしては笑ってはいけないということをネタにしている。
1973年(昭和48年)3月12日、受刑者7人が職員を人質にして集団逃走を計画するも、密告により未遂に終わる。脱走は、免業日に上映した映画からヒントを得たものであったことから、刑務所側の映画選定が問題視された[17]。