須賀 (宮代町)

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須賀
沼端橋付近の姫宮落川
沼端橋付近の姫宮落川
須賀の位置(埼玉県内)
須賀
須賀
北緯36度1分53.53秒 東経139度42分27.02秒 / 北緯36.0315361度 東経139.7075056度 / 36.0315361; 139.7075056
日本の旗 日本
都道府県 埼玉県
南埼玉郡
市町村 宮代町
人口
2024年(令和5年)4月1日現在)[1]
  合計 1,318人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
345-0831[2]
市外局番 0480[3]
ナンバープレート 春日部
座標の場所は曹洞宗金剛寺を示す
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須賀(すか)は、埼玉県南埼玉郡宮代町大字郵便番号は345-0831[2]

河川

埼玉県の東部地域で宮代町の北西部に位置する、北西から南東に細長い区域を有する地域である。 東側で百間、本田、学園台、南側で大字東粂原、西側で大字国納、和戸、と隣接する。また、北側で北葛飾郡杉戸町(大字太田袋、大字下高野、大字杉戸)とも隣接する。大落古利根川が流れ、北端の境界[注釈 1]としている。宮代町の中央部には大字須賀の飛地が存在し、字山崎、字逆井とも隣接する。

地内は北西部を中心に水田など、農地が多くみられるが、纏まった住宅地も点在して見られる。南部のかつて笠原沼だった水田地帯には巨大なレジャー施設(東武動物公園)が建設された。

歴史

もとは江戸期より存在した武蔵国埼玉郡百間領の須賀村で[4]、古くは南北朝期より見出せる太田荘のうちの須賀郷があった[4]。須賀村は『元禄郷帳』では百間須賀(もんますか)とも記された[4]。村高は正保年間の『武蔵田園簿』では206石余(田45石余、畑160石余)、『元禄郷帳』によると825石余、『天保郷帳』によると887石余であった[4]化政期の戸数は120軒で、村の規模は東西10町、南北28町であった[4]

須賀には久米原(粂原村)方面から高野川(古利根川)を高野の渡しと称する渡し場で渡り、高野(下高野村)へ通じる鎌倉街道が通っていた[5][6][7]。交通の要所なので橋は古くから架けられており、1394年元亨4年)には既に存在したと云う[6]

世帯数と人口

2024年(令和5年)4月時点での世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
大字須賀 587世帯 1,318

小・中学校の学区

町立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]

大字番地小学校中学校備考
大字須賀1、41、45 - 48、58、85、110、127 - 173、175 - 230、
291 - 311、472 - 478、1501番地
宮代町立笠原小学校宮代町立百間中学校
1693 - 1697、1700、1701、1704、1705、1709 - 1726、
1872 - 1887番地
宮代町立東小学校
546、552 - 583、641 - 693、964 - 1019、1099 - 1110、
1121 - 1123、1629 - 1639、1727 - 1760、1766 - 1803、
1810 - 1811、1892 - 1938、1973 - 1991番地
宮代町立須賀小学校宮代町立須賀中学校1997年度以降より笠原小学校、百間中学校も選択可能
上記以外

交通

鉄道

道路

地域

寺社

  • 真義真言宗真蔵院
  • 曹洞宗 金剛寺
  • 曹洞宗 長福寺
  • 天神社三峯神社 - 金剛寺の隣接地に所在
  • 御霊大権現
  • 正一位稲荷大明神

施設

宮代消防署

※ 須賀島集会所は学園台一丁目17-13に所在する。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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