高松市立亀阜小学校
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| 高松市立亀阜小学校 | |
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北緯34度20分18秒 東経134度2分24秒 / 北緯34.33833度 東経134.04000度座標: 北緯34度20分18秒 東経134度2分24秒 / 北緯34.33833度 東経134.04000度 | |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 高松市 |
| 設立年月日 | 1872年5月7日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | B137220100023 |
| 所在地 |
〒760-0006 香川県高松市亀岡町10番1号 |
| 外部リンク | 公式サイト |
高松市立亀阜小学校(たかまつしりつ かめおかしょうがっこう)は、香川県高松市亀岡町にある市立小学校。
校区内の児童自立支援施設、香川県立斯道学園にみねやま分校を設置している。
高松市中心部の南西部に位置する小学校である。
学校データ
歴史
年表
- 1872年5月7日(明治5年4月1日) - 高松藩藩主松平頼聰の別館「亀阜荘」に県学亀阜学校が開校。
- 1873年(明治6年)4月1日 - 亀阜小学校に改称。紫山学校を併設。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行に伴い高松市立亀阜国民学校に改称。
- 1945年(昭和20年)7月4日 - 米軍による無差別絨毯爆撃「高松空襲」で校舎が全焼。
- 以降、西浜国民学校で授業を行う。
- 1946年(昭和21年)10月1日 - 復興仮校舎が竣工。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学校教育法の施行に伴い高松市立亀阜小学校に改称。
- 1961年(昭和36年)7月18日 - 鉄筋体育館竣工。
- 1965年(昭和40年)9月8日 - プール竣工。
- 1970年(昭和45年)3月28日 - 鉄筋校舎竣工。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 高松市立小中学校全校で3学期制を廃して2学期制を導入。
- 2013年(平成25年)4月1日 - 高松市立小中学校全校で3学期制に移行。
全校児童数の推移
中心部におけるドーナツ化現象の進行によって児童数は減少している[2][1]。
- 1999年度:877人
- 2000年度:844人(-33人)
- 2001年度:848人(+4人)
- 2002年度:834人(-14人)
- 2003年度:811人(-23人)
- 2004年度:813人(+2人)
- 2005年度:758人(-55人)
- 2006年度:771人(+13人)
- 2007年度:738人(-33人)
- 2008年度:728人(-10人)
- 2009年度:717人(-11人)
教育目標
- 人間尊重の精神を基盤として、知・徳・体の調和のとれた心豊かで自主的・主体的に実践する子どもを育てる。
- 児童像
- よく考える子
- がんばりとおす子
- 助け合う子
- 進んでする子
当校独自の「こだまの誓い」
- 友達が嫌な気持ちになるようなことはしません。
- 自分から謝れる子になります。もし、トラブルになったら分かり合えるまで話し合います。
- 一人ぼっちの友達がいたら声をかけます。
- いじめられている友達を見つけたら、友達や先生・お家の人に伝えます。
- いじめを「しない」「させない」「見逃さない」という気持ちで毎日を過ごします。
なお、この約束を守るために全校児童には"こだまバッジ"が配布され、亀と三人の人影が手を繋ぐデザインは、①本校の児童、②本校の職員、③保護者や地域の方々をイメージしてつくられている。[3]
