高橋三郎 (競馬)

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1944-08-18) 1944年8月18日(80歳)
所属厩舎 小暮嘉久(大井
→佐藤順二(大井)
高橋三郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岩手県岩手郡西根村
(現・八幡平市
生年月日 (1944-08-18) 1944年8月18日(80歳)
騎手情報
所属厩舎 小暮嘉久(大井
→佐藤順二(大井)
勝負服 緑・胴白山形一本輪
初免許年 1963年
騎手引退日 1997年
重賞勝利 127勝
通算勝利 地方25759戦3975勝/中央4戦0勝 
調教師情報
初免許年 1997年
調教師引退日 2015年5月31日
重賞勝利 37勝
通算勝利 地方4419戦498勝/中央13戦0勝
経歴
所属 大井競馬場
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高橋 三郎(たかはし さぶろう、1944年8月18日 - )は大井競馬場に所属していた元騎手、元調教師である。愛称はサブちゃん[1]

岩手県西根村の農家の三男として産まれる。中学校を卒業後に集団就職千葉県柏市の牧場に就職したのがきっかけで、競馬の世界に足を踏み入れた。1961年4月、16歳で数多くの名騎手を輩出した大井小暮嘉久調教師のもとに入門。同年10月には、地方競馬全国協会の発足にともない全国の地方競馬場の新人騎手を養成することになった、八王子牧場の騎手養成長期課程第1期生となる。 1962年の年末には教官との行き違いや東京オリンピックの競技馬の世話を巡って第一期生全員が養成所を脱出し外泊する騒ぎを起こしたこともあったが、1963年3月31日には無事同課程を修了し、騎手免許を取得した。

デビューすると初年度にいきなり79勝を挙げ[1]、以後も川崎佐々木竹見や同門の松浦備赤間清松らとともに南関東公営競馬のトップジョッキーの一人として活躍する。1970年3月、小暮嘉久調教師の廃業に伴い伊藤正美厩舎へ移籍。1975年9月29日には地方競馬通算2000勝を達成している。1981年3月、山下春茂厩舎に移籍。1983年2月25日地方競馬通算3000勝を達成すると、同年11月27日に行われたジャパンカップでもダーリンググラスで騎乗した[注 1]

だが1985年の11月20日、調教をつけていた馬が突如暴走し、一時は右足の切断も考えられるほどの大怪我を負ってしまう。転院と2年余りのリハビリを経て1987年9月12日に復帰したが[注 2]、それでも右足は左足の半分ほどの太さであり、また第3・第4指は足の甲へと食い込んでしまっていたという。カムバック後も引き続き1990年ゴールデンジョッキーカップで優勝するなど活躍したが、1997年3月に調教師免許を取得し騎手を引退した。騎手としての通算成績は25759戦3975勝[2]、ほか中央競馬で4戦0勝。東京ダービーを4回、帝王賞を3回制するなど[1]地方重賞127勝あげた[2]。また、「癖馬を扱わせたらサブちゃんの右に出る者はいない」と評価されていた[1]。忘れられない馬として南関東時代のラストランとなった青雲賞などに騎乗したハイセイコーを、一世一代の名勝負として南関東三冠を達成したゴールデンリボーの三冠競走全てで2着となったバトルメント東京王冠賞を挙げている。

1997年3月31日付けで調教師免許を取得し、1998年4月29日大井競馬第10競走をネイティヴランナーで制し、初出走で勝利をあげた[2]2000年東京競馬場で行われた武蔵野ステークスに、ナショナルスパイで中央競馬初出走を果たす[注 3]。2002年、大井競馬場の優秀調教師賞を受賞。2003年には管理馬のハタノアドニスNARグランプリ最優秀短距離馬に選出される。2007年第7回JBCスプリントフジノウェーブで制し、JpnI初勝利を挙げるとともに大井競馬場の最優秀調教師賞に輝いた。

2015年5月31日付で調教師を勇退。ラストランは2015年5月22日の大井競馬第8競走(シルクスノーマン、3着)で、調教師としての通算成績は地方競馬4419戦498勝、中央13戦0勝[3](重賞37勝[4])であった。

通算成績

騎手成績

西暦騎乗数1着数勝率
1963年70079.112
1964年1695262.154
1965年1316182.138
1966年1396209.149
1967年1478193.130
1968年1236202.163
1969年908144.158
1970年832114.137
1971年974161.165
1972年65396.147
1973年792148.186
1974年781115.147
1975年887136.153
1976年832130.156
1977年750111.148
1978年780143.183
1979年808150.185
1980年772129.167
1981年798129.161
1982年954150.157
1983年685109.159
1984年787141.179
1985年865175.202
1986年---
1987年24430.122
1988年44571.159
1989年58895.161
1990年620102.164
1991年53274.140
1992年40448.118
1993年29642.141
1994年29636.121
1995年33334.102
1996年25928.108
1997年637.111
通算257593975.154

主な騎乗馬

調教師成績

西暦出走数1着数2着数勝率連対率収得賞金順位[注 4]
1998年67127.179.2845882万4000円-
1999年1191210.101.1851億0525万3000円-
2000年1231615.130.2522億719万5000円82位
2001年1102713.245.3642億5510万1000円27位
2002年1002312.230.3502億4492万5000円33位
2003年1281713.133.2343億1194万5000円72位
2004年2313218.139.2161億7327万3000円15位
2005年2715124.188.2771億6792万1000円5位
2006年2534324.170.2651億6867万7000円6位
2007年3143430.108.2042億4091万3000円17位
2008年3343928.117.2011億7368万9000円12位
2009年3582824.078.1451億1252万5500円32位
2010年4174038.096.1871億6112万円15位
2011年3302927.088.1709109万1000円26位
2012年2864243.109.2201億3429万6500円13位
2013年3442524.073.1427690万円45位

全ての数字は南関東での競走のみ。

主な管理馬

参考文献

脚注

関連項目

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