高瀬温泉

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荒川峡温泉郷 > 高瀬温泉
所在地 新潟県岩船郡関川村
泉質 ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(低張性 弱アルカリ性 高温泉)[1]
泉温(摂氏 69°C[1]
高瀬温泉
温泉情報
所在地 新潟県岩船郡関川村
交通 鉄道 - JR東日本米坂線越後下関駅
泉質 ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(低張性 弱アルカリ性 高温泉)[1]
泉温(摂氏 69°C[1]
湧出量 動力351L/分[2]
宿泊施設数 7 [2]
年間浴客数 15,838人(のべ宿泊者数、2022年度)[2]
外部リンク https://www.sekikawa-onsen.com/
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高瀬温泉の入口

高瀬温泉(たかせおんせん)は、新潟県岩船郡関川村荒川沿いにある湯沢雲母(きら)、鷹ノ巣、桂の関と併せてえちごせきかわ温泉郷を構成している[3]

  • 1号井
    • ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(低張性中性高温泉)[3]
    • 源泉温度は65.9度[3]
  • 2号井
    • ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(低張性弱アルカリ性高温泉)[3]
    • 源泉温度は71.2度[3]

温泉地

荒川右岸の河畔に位置する(川を挟んで左岸側に雲母温泉がある)[4]。同温泉郷の中枢で、10数軒の温泉旅館、飲食店なども立地する最も規模の大きい温泉地であり、温泉郷の中心地となっている。

伝説

  • 高瀬温泉には、鷹が温泉を導いたという伝説がある。

歴史

  • ⼀本堂藥選(1738)[5]に雲母の湯が記載されており、越後名寄(1756) [6]にも「荒川ノ河原ニ在故洪水ノ時ニハ不能浴」と紹介されている。
  • 天明八年(1788) [7]「久保多町吉祥院 明日雲母へ入湯仕候由」とあり、山伏者が湯治に行った。寛政九年(1797) [8]「年寄太兵衛雲母へ入湯にて留守」。文政二年(1817) [9]「一 妙法寺 雲母へ入湯之届書」。文政五年(1822) [9]「上町年寄嘉兵衛 雲母ニ湯治仕度 廿日許御暇願上ル」と湯治に20日行く願を出している。文政六年(1823) [9]「大年寄林善右衛門 雲母へ湯治仕度 御暇願差上ル」。このように村上藩では、武士や山伏が雲母の湯へ湯治に行っていた。
  • 元来はここが雲母温泉であったが、1823-1902年の間に、鷹が温泉を導いたという伝説から、高瀬温泉と呼ばれるようになったという。
  • 吉田[10]は湯澤の項目で、高瀬湯は温百五十度(65.6℃)と記録している。
  • 1967年(昭和42年)8月の羽越大水害では甚大な被害を受けた[11]
  • 2022年8月の豪雨では床上浸水の被害を受けた[12]

アクセス

関川村エリアのバス路線図(高速バスを除く)。大半の便は土休日運休となる。時刻表は新潟交通観光バス:下関エリアを参照。

脚注

参考文献

外部リンク

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