髙橋仁胡
日本のサッカー選手
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髙橋 センダゴルタ 仁胡(たかはし センダゴルタ にこ、2005年8月17日 - )は、スペイン・バルセロナ出身のプロサッカー選手。エールステ・ディヴィジ・アルメレ・シティFC所属。ポジションはディフェンダー(DF)。
Niko Takahashi Cendagorta
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 |
髙橋 センダゴルタ 仁胡 Niko Takahashi Cendagorta | |||||
| 愛称 | ニコ | |||||
| カタカナ | タカハシ ニコ | |||||
| ラテン文字 | TAKAHASHI Niko | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 2005年8月16日(20歳) | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 173cm | |||||
| 体重 | 63kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2015 |
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| 2016-2017 |
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| 2018 |
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| 2019-2024 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2024- |
| 22 | (1) | |||
| 2026- |
→ | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2021 |
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| 2022 |
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| 2023 |
| 3 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2026年1月3日現在。 2. 2022年5月24日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
Jリーグでの登録名は髙橋 仁胡(たかはし にこ)。
来歴
プロ入り前
バルセロナで日本人の母親とアルゼンチン人の父親の間に生まれ、その後もスペインで育った。
元々はフットサルをしていた。チームメイトの家族やコーチ陣から上手さを評価された[1]。その後、FCBペーニャ、サン・クガFC、UEコルネジャと3つのユースクラブでプレーし、RCDエスパニョール 、ジローナFC 、FCバルセロナからオファーを受けた[2][3]。
2019年2月、FCバルセロナと正式に契約を結んだ[4][5]。
2022年、英紙『ガーディアン』が選ぶ「世界の次世代サッカー選手60人」のネクスト・ジェネレーション2022に日本国籍を有する選手で唯一選出された。名を連ねたのはマティス・テル、ヴィトール・ウーゴ・ロッキ・フェレイラ、バレンティン・カルボーニら。「小柄だが力強く、ポゼッションでは非常に落ち着きがあり、前線への突破も速い」と評された[6]。
2023年、FCバルセロナBの監督に評価され、同チームでの背番号も用意された[7]。
2024年、怪我の影響でほとんど試合に出ることはなかった[7]。6月25日[8]、FCバルセロナ フベニールAからFCバルセロナBへ昇格できず、今月でFCバルセロナを退団すると報じられた。そうしたなか、本人はSNS上にカタルーニャ語と日本語のメッセージを投稿し、FCバルセロナ退団を発表した[9]。アカデミーの他の多くの選手と同様に、トップチーム昇格という狭き門をくぐれなかった[8]。
子供の頃からの夢は世界最高のクラブでプレーすることでした。この5年間、私にサッカーの価値観を教えてくれたすべてのスタッフ、テクニカルマネージャー、一緒にプレーした仲間達、そして常に私をサポートしてくれた家族、皆さんの支えがあったからこそ、毎日学び、成長する事が出来ました。感謝の気持ちでいっぱいです。どうもありがとうございました!FCバルセロナで過ごした経験を大切にして、これからもずっと気を引き締めて頑張ります!
セレッソ大阪
2024年7月17日、Jリーグのセレッソ大阪に入団し、プロキャリアを始めた[10]。1年目は公式戦の出場は無かった。
2025年、アーサー・パパス監督の下で出場機会を得た。
2026年1月3日、アルメレ・シティFCへ期限付き移籍を発表。期間は2026年6月30日まで[11]。
代表
2021年、U-16スペイン代表に選出された。
2022年、U-19日本代表に飛び級選出された。10月28日スペイン遠征に臨むU-18日本代表に選出。
2023年、U-20日本代表に飛び級選出された[12]。
2025年、U-20日本代表に選出された。
人物
- アルゼンチン、スペイン、日本の3つの国籍を有する。カタルーニャ語、スペイン語、英語、日本語を話す[13]。日本語は苦手であり、特に敬語の使用は苦手である[14]。
- 父親は1976年に起きたアルゼンチンの軍事独裁政権によるクーデターの影響で、スペインに移住した[1]。その後スペインの学校で育った[15]。母親は近畿地方出身のため、仁胡自身も影響を受けており関西弁を話す[14]。
- バルサの下部組織で学んだことは多いという。「全てと言ってもいい。サッカー以外でも、夢を叶えるためには自分をしっかり持つことの大切さ。あと、バルサにいるからと言って特別な人間だとは思わず、人に優しくすることも教わりました。バルサのカンテラからトップチームに上がった選手はたくさんいて、コーチとかから、そういう選手たちの昔の話も聞いていました。バルサのユニフォームを着て戦う試合はどれも特別でした。いつ最後の試合になるか分からないから、毎試合が戦いでした。」と話した[7]。
- 「サッカーも人生も、いい時も、そうではない時もある。終わったことを考えても変わらない。「ケガがなかったらバルサBに行けた」と考えても、仕方ない。これからのことを考えている。将来のことは変えていける。これからまた成長すれば、先のことはどうなるか分からない。今はこれからどういう選手になるか、それだけ考えている」と答えている[7]。
- セレッソでチームメイトの香川真司からは「スペインで育っていますから、まずメンタリティが普通の日本の若手と違う」と見ており、「そこを僕はすごく評価している。僕が言うのは変だけど」「キャンプからアグレッシブにやれているので、アンダー20(U-20日本代表)に行ってまうのが、本当に惜しい」と話した。内田篤人が髙橋が敬語を話していたことについて質問すると「最初ね、全部あいづちが『うん』『そうやねん』って感じで。今年になってからは『はい、はい』って言うから、別に俺は『うん』でいいよって。」と話した。また、内田は髙橋の母についても「すごくパワフルな方で、敬語教えてくれば良かった!って。関西の人で。すごい面白いんだよね」と話した[16]。
- 将来の夢はラ・リーガでプレーする事[7]。
- 下部組織時代を共に過ごしたラミン・ヤマルについては「ヤマルはレベルが違うので、比べられない。自分の目指すところを頑張りたい」と自分に矢印を向けた[17][18][19]。
所属クラブ
FCBペーニャ
サン・クガFC
UEコルネジャ- 2019年
FCバルセロナ カデーテA - 2020年
FCバルセロナ フベニールB - 2021年 - 2024年
FCバルセロナ フベニールA - 2024年7月 -
セレッソ大阪
- 2026年1月 -
アルメレ・シティFC (期限付き移籍)
- 2026年1月 -
個人成績
代表歴
- U-16スペイン代表
- U-18日本代表
- スペイン遠征(2022年)
- U-19日本代表
- 第48回モーリベスレベロトーナメント(2022年)
- U-20日本代表
- U-22日本代表
- イングランド遠征(2025年)