鬼塚忠久
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滋賀県立甲賀高校時代、高校選手権、インターハイ、国体に出場。卒業後の1974年に日本サッカーリーグ1部の古河電気工業サッカー部(現 ジェフユナイテッド市原・千葉)へ入部し、1年目からレギュラーの座を獲得。以後、ウインガーとして古河の黄金時代を支え、1982年シーズンにはアシスト王にも輝いた。サイドからのドリブル突破を持ち味とし、得点能力も高かった。
引退後は、芸能人で結成されたサッカーチーム、ザ・ミイラにも所属していた。また、解説者やサッカースクールのコーチなどを経て、2004年に古河時代のチームメイトだった前田秀樹が監督を務める水戸ホーリーホックの強化部長兼取締役に就任。2008年4月まで務めた。
2024年現在、前田が監督を務める東京国際大学体育会サッカー部のスカウティングを務めている[1]。