鮫島晃太

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愛称 サメ、コータ
カタカナ サメシマ コウタ
ラテン文字 SAMESHIMA Kota
国籍 日本の旗 日本
鮫島 晃太
名前
愛称 サメ、コータ
カタカナ サメシマ コウタ
ラテン文字 SAMESHIMA Kota
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-06-24) 1992年6月24日(32歳)
出身地 鹿児島県枕崎市
身長 180cm
体重 74kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
日本の旗 枕崎市立桜山小学校
2005-2007 日本の旗 鹿児島育英館中学校
2008-2010 日本の旗 鹿児島城西高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2015 日本の旗 サンフレッチェ広島 0 (0)
2013 日本の旗 ガイナーレ鳥取 (loan) 17 (0)
2014-2015 日本の旗 AC長野パルセイロ (loan) 4 (0)
2016-2021 日本の旗 藤枝MYFC 66 (6)
2022-2023 日本の旗 ヴェロスクロノス都農
通算 87 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鮫島 晃太(さめしま こうた、1992年6月24日 - )は、鹿児島県枕崎市出身[1] の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー

鹿児島生まれの鹿児島育ちであり、鹿児島城西高等学校1年次の2008年度には、全国高校サッカー選手権大会で準優勝を経験。同年代の柴崎岳小島秀仁らとともに、いわゆる「プラチナ世代」屈指の選手として注目され、U-17日本代表候補、U-19日本代表候補にも選出された[2]。しかし、主力の一人だった2009年のFIFA U-17ワールドカップ日本代表メンバーからは、スペイン遠征後に参加した三重フェスティバル中に負った半月板損傷の大怪我によって落選[3]

怪我をした練習試合の相手がサンフレッチェ広島ユースだったことから、リハビリに際して広島が練習施設を全面提供し、怪我が治った後も広島の練習にしばしば参加することになる。横浜F・マリノスなど複数のJクラブによる争奪戦が展開されたが、結局これが縁となり、2011年よりサンフレッチェ広島とプロ契約を結んだ。

2012年6月6日に行われた、ナビスコ杯第5節ベガルタ仙台戦にて、プロ初スタメン初出場を果たした。

2013年5月11日ガイナーレ鳥取期限付き移籍[4]

2014年、AC長野パルセイロへ期限付き移籍[5]

2015年を以て広島、長野ともに契約満了となり、2016年に藤枝MYFCに完全移籍[6]。2021年11月30日、契約満了による退団が発表された[7]。同年12月9日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場[8]

2022年、九州サッカーリーグヴェロスクロノス都農へ加入した[9]

2023年12月4日、契約満了による退団が発表された[10]

2024年1月10日、現役引退を発表した[11]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011広島23J100000000
201200201030
20130000-00
鳥取31J2190-00190
2014長野16J320-1030
201520-0020
2016藤枝306--306
2017140--140
2018100--100
201950--50
202000--00
202170--70
2022都農九州-
通算日本J1 00201030
日本J2 190-00190
日本J3 706-10716
日本九州 -
総通算 8962020936
  • 公式戦初出場:2012年6月6日ヤマザキナビスコカップ第5節対ベガルタ仙台戦(広島ビッグアーチ)
  • リーグ戦初出場:2013年5月19日J2第14節対モンテディオ山形戦(とりぎんバードスタジアム)
  • 公式戦初得点:
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2012広島23-00
201300-
通算AFC 0000

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島

脚注

関連項目

外部リンク

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