鳥居原狐塚古墳
山梨県市川三郷町にある古墳
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概要
赤烏元年鏡
対置式神獣鏡
(国の重要文化財)
外区1時半-3時に時計回りに「赤烏元年」銘。東京国立博物館展示。(国の重要文化財)
赤烏元年鏡は国の重要文化財に指定され、一宮浅間神社(市川三郷町)に所蔵されている(東京国立博物館に寄託)。直径12.5センチメートルの紀年銘鏡で、大陸南部の呉の年号である赤烏元年(238年)の紀年銘をもつ[1]。日本列島では弥生時代には大陸から青銅製品が移入されており、山梨県内でも貨泉や舶載鏡や出土している。大陸で遼東半島地域を支配していた公孫氏は魏と敵対する一方で呉と外交関係があったが、鏡に記されている赤烏元年には高句麗と魏の攻撃で公孫氏は滅ぼされている。『魏志倭人伝』によれば、日本列島では翌年に卑弥呼が魏に朝貢して親魏倭王の称号を与えられたといわれ、こうした東アジアの政治状況のなかで、紀年銘鏡は呉と倭国間の外交関係、あるいは公孫氏を介しての通交によりもたらされたと考えられている(宮野淳一による)[要出典]。
文化財
重要文化財(国指定)
- 神獣鏡 赤鳥元年五月廿五日在銘 山梨県西八代郡三珠町鳥居原狐塚古墳出土(考古資料) - 一宮浅間神社所有、東京国立博物館保管。1979年(昭和54年)6月6日指定。
市川三郷町指定文化財
- 史跡
- 狐塚古墳 - 1976年(昭和51年)6月19日指定。