1939年の野球
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競技結果
日本プロ野球
ペナントレース
| 順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
| 優勝 | 東京巨人軍 | 66 | 26 | 4 | .717 | --- |
| 2位 | 大阪タイガース | 63 | 30 | 3 | .677 | 3.5 |
| 3位 | 阪急軍 | 58 | 36 | 2 | .617 | 9.0 |
| 4位 | 東京セネタース | 49 | 38 | 9 | .563 | 14.5 |
| 5位 | 南海軍 | 40 | 50 | 6 | .444 | 25.0 |
| 6位 | 名古屋軍 | 38 | 53 | 5 | .418 | 27.5 |
| 7位 | 名古屋金鯱軍 | 36 | 56 | 4 | .391 | 30.0 |
| 8位 | ライオン軍 | 33 | 58 | 5 | .363 | 32.5 |
| 9位 | イーグルス | 29 | 65 | 2 | .309 | 38.0 |
個人タイトル
ベストナイン
この年は選出なし
社会人野球
東京大学野球
中等野球
- 第16回選抜中等学校野球大会決勝(阪神甲子園球場・4月3日)
- 第25回全国中等学校優勝野球大会決勝(阪神甲子園球場・8月20日)
メジャーリーグ
→詳細は「1939年のメジャーリーグベースボール」を参照
できごと
1月
2月
3月
4月
5月
- 5月2日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリッグが現役を引退。
- 5月5日 - 【MLB】フィラデルフィア・アスレチックスのサム・チャップマンがサイクル安打を達成。
- 5月6日 - 南海軍が対阪急戦(甲子園)において、阪急を無安打で抑えながら、2失点で敗戦。被安打0での敗戦は日本プロ野球史上、唯一。
- 5月9日 - 巨人がこの日の対名古屋軍戦と、7月15日の東京セネタースに勝利し、勝利投手はいずれもスタルヒンに記録されたが、1953年に記録の見直しがされ、先発した中尾に勝利投手が記録され、スタルヒンの勝ちが消えこの年の勝ち星も42から40となったものの、1962年に稲尾和久がシーズン42勝を挙げ、この試合のスタルヒンの記録の取り扱いについて再び議論となり、結局はスタルヒンの勝利投手に再修正され、稲尾とスタルヒンがシーズン勝ち星42勝で日本プロ野球記録となっている。
- 5月19日 - 名古屋金鯱軍が対阪急戦に敗れ、球団記録の15連敗。
- 5月27日 - 【MLB】デトロイト・タイガースのチャーリー・ゲーリンジャーがサイクル安打を達成。
6月
7月
- 7月19日 - 【MLB】ピッツバーグ・パイレーツのアーキー・ヴォーンがサイクル安打を達成。
8月
9月
10月
- 10月8日 - 【MLB】ワールドシリーズ第4戦が行われ、ニューヨーク・ヤンキースがシンシナティ・レッズを4連勝で下し、史上初となる4年連続優勝を達成。
- 10月20日 - 巨人の川上哲治が対イーグルス戦(西宮)で先発し、9イニングを日本タイ記録の12与四死球(四球11死球1)を記録し、5失点で敗戦投手[5]。