1954年の国鉄スワローズ

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1954年の国鉄スワローズ
成績
セントラル・リーグ5位
55勝73敗2分 勝率.430[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 後楽園球場
球団組織
経営母体 日本国有鉄道
監督 藤田宗一
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1954年の国鉄スワローズ(1954ねんのこくてつスワローズ)では、1954年の国鉄スワローズの動向をまとめる。

この年の国鉄スワローズは、藤田宗一監督の1年目のシーズンである。

西垣徳雄前監督の辞任を受け、スワローズ黎明期からの主力選手だった藤田宗一監督が就任。また、前年まで巨人の主軸でのちにスワローズの3代目監督となる宇野光雄が金銭トレードで移籍。宇野は巨人戦にめっぽう強く、前年最下位だったチームの5位躍進に貢献した。チームは宇野の加入もあり、出足の悪かった前年と違って、佐藤孝夫町田行彦金田正一といった主力選手の活躍で5月には首位の中日に4ゲーム差と迫った。しかし、毎年恒例の貧打はこの年も解消されず徐々に成績が低下。最終的に借金を前年から大きく減らし、最下位の大洋松竹を突き放したものの優勝の中日に32ゲームも離され、広島との4位争いに敗れて5位で終了した。打撃陣は宇野の加入、佐藤・町田らの活躍に加え、打者へ転向した箱田弘志が開幕から好調で、二塁手で規定打席へ到達。打率.323で球団創設初の3割打者(打撃ベストテン4位)となり、三塁手の宇野と共に球団初のベストナインに選ばれた。チーム打率も.258とリーグ3位で優勝の中日を若干上回ったが、本塁打が61本でリーグ5位、盗塁数も105でリーグ5位、また併殺打も118でリーグ1位、失策も168個でリーグ最下位とアンバランスが見られた。投手陣は金田の活躍でリーグ2位の630奪三振、防御率も3.34と健闘したが被本塁打は85と、狭い後楽園がフランチャイズゆえの結果となった。

国鉄スワローズの当年及び近年のシーズン成績
最終成績














O
P
S





1954 リーグ5位5位13055732.430434518.2586110587252.6453.3450168藤田宗一
1953 リーグ6位6位12545791.363380525.2355512970321.3.3634161西垣徳雄
1952 リーグ5位5位12050700.417410526.2386715460325.3.383984西垣徳雄
1951 リーグ5位5位10746592.438389533.2453614281285.3.9635169西垣徳雄
1950 リーグ7位7位13842942.309480790.2446610451410.4.6742225西垣徳雄

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 土屋伍郎
2 辻井弘
3 佐藤孝夫
4 安居玉一
5 宇野光雄
6 箱田弘志
7 佐竹一雄
8 金田正一
9 中村栄
1954年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人-- 中日-- 巨人-- 巨人-- 中日-- 中日-- 中日--
2位 中日1.5 巨人0.0 中日3.0 中日4.0 巨人1.5 巨人6.0 巨人5.5
3位 大阪2.5 大阪2.0 大阪6.5 大阪8.0 大阪10.0 大阪15.0 大阪16.0
4位 国鉄5.0 国鉄4.0 国鉄7.5 国鉄13.0 国鉄22.0 広島26.0 広島29.5
5位 広島10.0 広島7.5 広島13.5 広島15.5 広島22.0 国鉄27.0 国鉄32.0
6位 洋松11.0 洋松19.0 洋松26.5 洋松31.5 洋松43.5 洋松51.0 洋松55.0
1954年セントラル・リーグ成績
順位球団勝率
優勝中日ドラゴンズ86404.683--
2位読売ジャイアンツ82471.6365.5
3位大阪タイガース71572.55516.0
4位広島カープ56695.44829.5
5位国鉄スワローズ55732.43032.0
6位洋松ロビンス32962.25055.0

オールスターゲーム1954

ファン投票 宇野光雄
監督推薦 金田正一

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

出典

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