206型潜水艦
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| 206型潜水艦 | |
|---|---|
|
U 24 | |
| 基本情報 | |
| 種別 | 通常動力潜水艦 |
| 建造所 |
|
| 運用者 |
|
| 建造期間 | 1968年 - 1975年 |
| 就役期間 | 1973年 - 2007年 |
| 準同型艦 |
|
| 建造数 | 18隻 |
| 前級 | 205型潜水艦 |
| 次級 | 212A型潜水艦 |
| 要目 | |
| 排水量 | 浮上時: 450トン |
| 水中排水量 | 500トン |
| 全長 | 48.6 m |
| 最大幅 | 4.6 m |
| 吃水 | 4.5 m |
| 機関 | ディーゼル・エレクトリック方式 |
| 主機 | 電動機×1基 |
| 推進 | スクリュープロペラ×1軸 |
| 出力 | 2,300 shp[1] |
| 電源 | |
| 速力 |
|
| 航続距離 |
4,500海里 (8,300 km)/6ノット時 水中: 228海里 (422 km)/4ノット時 |
| 航海日数 | 30日 |
| 潜航深度 | 100 m(安全係数 2.5) |
| 乗員 | 23名(士官4名、下士官・兵19名) |
| 兵装 | |
| FCS |
シグナールMk.8 → CSU-83 (206A型) |
| レーダー | カリプソII 対水上用 |
| ソナー |
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| 電子戦・ 対抗手段 | DR-2000U ESM |
206型潜水艦(206がたせんすいかん、ドイツ語: U-Boote der Klasse 206)は、西ドイツ海軍ならびに統一ドイツ海軍(以下ドイツ海軍)の通常動力型潜水艦[3][1][2]。
1954年のパリ協定調印に際して、西ドイツが保有しうる潜水艦の排水量について上限が設けられた[4]。排水量の上限は、当初は350トンとされていたが[5]、1961年のベルリンの壁建設など緊張の高まりを受けて、1962年10月19日には450トンに引き上げられ、1963年10月9日には6隻について1,000トンまで許容されることになった[6]。
西ドイツでは、1956年にドイツ連邦海軍が建軍された直後より、潜水艦の国内建造計画が着手された[7][4]。上記の潜水艦排水量制限のほか、当時の連邦海軍ではバルト海を西進してくるソ連海軍の阻止任務が重視されていたこともあって、国産潜水艦はいずれも狭小で浅いバルト海での作戦に適した小型潜水艦とされた[7][4]。まず1962年より水中排水量433トンの201型潜水艦が就役を開始したものの、耐圧殻の素材として採用した非磁性鋼の腐食が激しく、4番艦以降は鋼材を変更するとともに性能も向上させた205型潜水艦(水中排水量450トン)に移行した[7][4]。
一方、201型の設計を担当したインジェニエーアコント・リューベック(IKL)社は、1964年より、205型を発展させた206型の設計作業を開始していた[3]。1969年4月にまず12隻[3]、1970年2月に更に6隻の取得が承認された[1]。
その後、1987年から1992年にかけて、18隻中12隻に対して大規模な近代化改修が行われ、改修を受けた艦の型式名は206A型に変更された[3][1][2]。
設計
全体的な設計は201型・205型に類似しており、単殻構造の1軸推進艦という概略や艦内配置も踏襲された[7][3]。ただし本型では、艦首上部に突出する形でソナードームが設けられており、外見上の特徴となっている[7][3]。耐圧殻の素材としては新開発の非磁性高張力鋼を採用しており[7]、技術的特徴となっている[2]。浮上時の乾舷を極めて低く抑えていることから、多少うねりがある海上を航走すると、上甲板はほとんど波の下に隠れてしまう[8]。なお206A型に改修された艦では、上部構造物の形態がわずかに変更されている[2]。
機関は201型以来の構成が踏襲されており[3]、MTU 12V493 AZ80GA 31Lディーゼルエンジン(出力:各600 bhp)2基によって発電機(出力:各405 kW)を駆動して発電し、シーメンス社製の電動機(出力:2,300 shp)を駆動させるという、ディーゼル・エレクトリック方式を採用している[1][2]。蓄電池は3基を搭載しており、それぞれ92セルで構成されている[1]。
装備
ソナーとしては、アクティブ・パッシブ両用のアトラス・エレクトロニーク410-A4と、パッシブ測距用のDUUX-2を搭載した[2]。また武器管制システム(FCS)としてはシグナールMk.8を搭載した[2]。その後、206A型への改修の際に、アクティブ・パッシブ両用ソナーはDBQS-21Dに換装されて、FCSとともにCSU-83システムを構成するようになった[2]。
魚雷発射管は、艦首に8門を備える[1][2]。再装填機構はなく、発射できる兵装は魚雷発射管に収容されたもののみとなる[2][7][4][注 1]。搭載魚雷としてはAEGのゼーシュラング(Seeschlange; DM-1)が用いられていたが、206A型への改修の際に、より高性能なゼーアル(Seeal; DM-2A1)に対応した[2]。また機雷を運用する際は、魚雷発射管1門につき2発を収容できるほか、専用に開発された繊維強化プラスチック製の外装コンテナを用いて、魚雷装備を変更せずに計24発(片舷あたり12発)を搭載することもできる[2]。
同型艦
一覧表
| # | 艦名 | 起工 | 進水 | 就役 | 退役 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| S192 | U13 | 1973年 4月19日 |
1997年 9月23日 |
解体 | ||
| S193 | U14 | 1973年 4月19日 |
1997年 9月23日 |
解体 | ||
| S194 | U15 | 1970年 6月 |
1972年 6月 |
1974年 7月14日 |
2010年 12月14日 |
|
| S195 | U16 | 1970年 11月 |
1972年 8月 |
1973年 11月9日 |
2011年 3月31日 |
コロンビア海軍に部品取り用として売却 |
| S196 | U17 | 1970年 10月 |
1972年 10月 |
1973年 11月28日 |
2010年 12月14日 |
陸揚げし、シュパイアー技術博物館で展示のため整備中 |
| S197 | U18 | 1971年 4月 |
1972年 10月 |
1973年 12月19日 |
2011年 3月31日 |
コロンビア海軍に部品取り用として売却 |
| S198 | U19 | 1973年 11月9日 |
1998年 8月23日 |
解体 | ||
| S199 | U20 | 1974年 5月24日 |
1996年 9月26日 |
解体 | ||
| S170 | U21 | 1974年 8月16日 |
1998年 6月3日 |
解体 | ||
| S171 | U22 | 1971年 11月 |
1973年 3月 |
1974年 7月26日 |
2008年 12月18日 |
|
| S172 | U23 | 1972年 3月 |
1973年 5月 |
1975年 5月2日 |
2011年 3月31日 |
コロンビア海軍で 「イントレピド」(ARC Intrépido)として再就役[9] |
| S173 | U24 | 1972年 3月 |
1973年 6月 |
1974年 10月16日 |
2011年 3月31日 |
コロンビア海軍で 「インドマブル」(ARC Indomable)として再就役[9] |
| S174 | U25 | 1971年 7月 |
1973年 5月 |
1973年 4月19日 |
2008年 1月31日 |
|
| S175 | U26 | 1972年 7月 |
1973年 11月 |
1975年 3月13日 |
2005年 11月9日 |
解体 |
| S176 | U27 | 1974年 10月16日 |
1996年 6月13日 |
解体 | ||
| S177 | U28 | 1972年 10月 |
1974年 1月 |
1974年 12月18日 |
2004年 6月30日 |
解体 |
| S178 | U29 | 1972年 1月 |
1973年 11月 |
1974年 11月27日 |
2006年 12月31日 |
|
| S179 | U30 | 1972年 12月 |
1974年 4月 |
1975年 3月13日 |
2007年 1月31日 |
解体 |
運用史
ドイツ海軍において、206A型として改修されなかった艦の運用は1990年代のうちに終了した一方、206A型はその後も長く運用されたが、212A型潜水艦の就役に伴い、2011年3月までに運用を終了した[4]。
インドネシア海軍は、カクラ級潜水艦(209/1300型)の近代化改修費用高騰を受けて、同級を追加建造するかわりに、206A型への改修を受けずに退役した206型4隻を取得することを決定し、1997年にまず2隻を購入した[7]。しかし財政難のため、この決定は1998年に撤回された[10]。
コロンビア海軍は、206A型のうち最後まで就役していた4隻を購入、うち2隻を2012年8月に再就役させた[9]。残り2隻は部品取り用に保管されている[9]。
206型のやや大型のバリエーションとして、イスラエル向けのガル級潜水艦がある。ガル級は、政治的理由からドイツではなくイギリスのヴィッカーズ造船所で540型の型式を与えられて建造された。ガル級は3隻が建造され、1番艦は1976年に就役した。206型とおなじくHDW社が設計したドルフィン級の就役が進むにつれ、ガル級は解役された。2006年には1隻が解体処分され、2隻はHDW社に送り返され、新たな買い手が探されている。