CDテネリフェ
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Chicharreros (サンタクルス人)
Insulares (島民)
Blanquiazules (青と白)
| CDテネリフェ | |||
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![]() | |||
| 原語表記 | Club Deportivo Tenerife, S.A.D. | ||
| 愛称 |
Tete Chicharreros (サンタクルス人) Insulares (島民) Blanquiazules (青と白) | ||
| クラブカラー |
青 白 | ||
| 創設年 | 1922年 | ||
| 所属リーグ | セグンダ・ディビシオン | ||
| 所属ディビジョン | 2部(2024-25) | ||
| ホームタウン | サンタ・クルス・デ・テネリフェ | ||
| ホームスタジアム |
エリオドーロ・ロドリゲス・ロペス | ||
| 収容人数 | 22,948[1] | ||
| 代表者 |
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| 監督 |
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| 公式サイト | 公式サイト | ||
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| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | |||
CDテネリフェSAD(Club Deportivo Tenerife, S.A.D.)は、スペイン・カナリア諸島州サンタ・クルス・デ・テネリフェに本拠地を置くサッカークラブ。2024-25シーズンはセグンダ・ディビシオン(2部)に所属する。
22,948人収容のエスタディオ・エリオドロ・ロドリゲス・ロペスを本拠地とする。カナリア諸島のグラン・カナリア島に本拠地を置くラス・パルマスとの対戦はカナリア諸島ダービーとして知られる。
設立からセグンダ参戦まで

CDテネリフェが公式に設立されたのは1912年であるが、CDテネリフェの前身となったSCテネリフェ(Sporting Club Tenerife)がその10年前から存在していたとする文献もある。1928年にスペイン全国選手権(リーガ・エスパニョーラ)が設立されたが、テネリフェは地域リーグ(ディビシオネス・レヒオナレス)でのプレーを続け、セグンダ・ディビシオン(2部)に初昇格したのは1953年のことだった。
プリメーラ初参戦後
1961-62シーズンにはプリメーラ・ディビシオン(1部)に初参戦したが、すぐにセグンダに降格し、その後の27シーズンは主にセグンダに在籍。セグンダ・ディビシオンB(1978年創設、現3部相当)やテルセーラ・ディビシオン(現4部相当、1977年以前は3部相当)でもプレーした。1986年に2度目のセグンダB降格を喫すると、ハビエル・ペレス会長が就任。僅か1シーズンでセグンダ復帰を果たすと、1989年には昇格プレーオフでレアル・ベティスを2試合合計4-1で下し、28シーズンぶりのプリメーラ昇格を果たした。
1990年代 国内外での躍進
1991年にはアルゼンチン人のホルヘ・バルダーノが監督に就任し、2シーズン連続で古巣レアル・マドリードの戴冠を阻止している。バルダーノ監督就任初年度となった1991-92シーズン最終節では、首位レアル・マドリードに3-2で逆転勝ちし、結果としてFCバルセロナの優勝に貢献することになった。これはテネリフェの奇跡と呼ばれ、テネリフェは辛うじて降格を回避した。1992-93シーズンも首位レアル・マドリード、2位バルセロナという状況で最終節を迎えたが、テネリフェはレアル・マドリードと対戦し、またしても2-0で勝利してバルセロナの優勝に間接的に貢献。このシーズンのテネリフェはクラブ史上最高位の5位でシーズンを終え、UEFAカップ出場権を獲得した。1993-94シーズンのUEFAカップではAJオセール(フランス)とオリンピアコスFC(ギリシャ)に勝利してベスト16となったが、3回戦でユヴェントスFC(イタリア)に2試合合計2-4で敗れた。1995年にドイツ人のユップ・ハインケス監督が就任し、1995-96シーズンは再びクラブ史上最高位(タイ)の5位となった上に、コパ・デル・レイでは準々決勝に進出。1996-97シーズンには再びUEFAカップに出場し、1回戦でマッカビ・テル・アビブFC(イスラエル)、2回戦でSSラツィオ(イタリア)、3回戦でフェイエノールト(オランダ)、準々決勝でブレンビーIF(デンマーク)を破って準決勝に進出した。ブレンビー戦セカンドレグは、ロスタイムにアントニオ・マタが決勝点となる直接フリーキックを決める、劇的な試合となった。準決勝では延長戦の末シャルケ04(ドイツ)に敗れたものの、ベスト4という快挙を成し遂げた。その後は負のスパイラルに巻き込まれ、1999年には何度もの監督交代も空しくセグンダに降格となった。
2000年代 財政難と停滞
ラファエル・ベニテス監督が率いた2000-01シーズンには、最終節でウーゴ・モラレスが得点して昇格を決めた。2001年夏にベニテス監督はバレンシアCF監督に栄転し、ペペ・メルがテネリフェの新監督に就任したが、バルセロナに0-6で大敗するなどして、メル監督はシーズン途中で監督の座を追われた。かつてスペイン代表を指揮したハビエル・クレメンテ監督が就任したが、2001-02シーズン終了後には結局セグンダ降格となった。続く数シーズンは深刻な財政難に悩まされ、4000万ユーロ以上の負債を抱えた。ペレス会長の後任としてビクトル・ペレス・デ・アスカニオ会長が就任したが、アスカニオ会長も稚拙なクラブ運営のためにミゲル・コンセプシオン会長に交代した。コンセプシオン会長は地元の政治家や実業家と交渉し、クラブ系列の建設会社を設立した。セグンダでプレーした2008-09シーズンは、序盤戦こそ失点が多くて順位が安定しなかったが、年が変わる頃から守備が安定し、2009年1月から5月にかけて17戦無敗で順位を大きく上げた。ニノとアレハンドロ・アルファロのコンビで50点近くを挙げ、8シーズンぶりのプリメーラ昇格を決めた。2009-10シーズンは19位となり、バレンシア戦での敗戦後にセグンダ降格が決まった。
2010年代 セグンダへの復帰
2010-11シーズンには3度も監督が交代し[2]、2シーズン連続での降格となった。2011-12シーズンは実に24年ぶりのセグンダBでのプレーとなった。2012-13シーズン、カンテラ時代にテネリフェに所属していたアルバロ・セルベラを監督に据えた。セグンダBではグループ1に配属されると、序盤戦から好調を維持し、リーグ残り2節を残してセグンダB優勝を決めた。セグンダBで優勝したことで昇格プレーオフに回ったテネリフェは、プレーオフ決勝でCEルスピタレートと対戦し、第1戦を3-1、第2戦を0-1と2試合合計4-2で2シーズンぶりにセグンダへと昇格を果たした。セグンダに昇格した1シーズン目もセルベラ体制継続を発表し、見事リーグ11位で残留を決めた。2016-17シーズン、冬にクラブ初の日本人となる柴崎岳の加入や新監督であるホセ・ルイス・マルティ体制がスタートし、クラブは4位でシーズンを終えた。プリメーラ昇格プレーオフに参戦し、決勝まで進出したが、ヘタフェCFに敗北を喫し、プリメーラ挑戦は無くなった。
サポーター
タイトル
成績
近年の成績
優勝 準優勝 昇格 降格
シーズン ディビジョン 順位 試 勝 引 敗 得 失 点 備考 2013-14 セグンダ 11位 42 15 9 18 46 49 54 2014-15 17位 42 11 15 16 41 48 48 2015-16 13位 42 13 16 13 45 46 55 2016-17 4位 42 16 18 8 50 37 66 2017-18 11位 42 15 14 13 58 50 59 2018-19 16位 42 11 17 14 40 50 50 2019-20 12位 42 14 13 15 50 46 55 2020-21 14位 42 13 13 16 36 36 52 2021-22 5位 42 20 9 13 53 37 69 2022-23 10位 42 14 15 13 42 37 57 2023-24 12位 42 15 11 16 38 41 56 2024-25 42
過去の成績
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- 13シーズン - プリメーラ・ディビシオン(1部)
- 48シーズン - セグンダ・ディビシオン(2部)
- 8シーズン - セグンダ・ディビシオンB(現3部相当)
- 3シーズン - テルセーラ・ディビシオン(現4部相当、1977年以前は3部相当)
- 22シーズン - ディビシオネス・レヒオナレス(現5部相当、1977年以前は3部相当)
欧州の成績
現所属メンバー
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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- 監督
リザーブチーム
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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ローン移籍
- in
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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- out
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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歴代監督
エクトル・ヌニェス 1972
エクトル・ヌニェス 1972-1973
イグナシオ・エイサギーレ 1973
マヌエル・サンチス 1977-1978
ハビエル・アスカルゴルタ 1989-1991
ビセンテ・ミエーラ 1989-1990
ホルヘ・ソラーリ 1990-1992
ホルヘ・バルダーノ 1991-1994
ユップ・ハインケス 1996-1997
ビクトル・フェルナンデス 1997
フアン・マヌエル・リージョ 1998
フェリペ・ミニャンブレス 1999-2000
ラファエル・ベニテス 2000-2001
ペペ・メル 2001-2002
ハビエル・クレメンテ 2001-2002
ホセ・ルイス・オルトラ 2007-2010
ゴンサロ・アルコナーダ 2010
アントニオ・タピア 2011
アルバロ・セルベラ 2012-2015
ホセ・ルイス・マルティ 2015-2018
ホセバ・エチェベリア 2018
ルイス・オルトラ 2018-2019
ルベン・バラハ 2019-2020
ルイス・ミゲル・ラミス 2020-2023
アシエル・ガリターノ 2023-2024
オスカル・カノ 2024
ペペ・メル 2024
アルバロ・セルベラ 2024-
