データイースト

かつて存在した日本のゲーム会社 From Wikipedia, the free encyclopedia

データイースト株式会社 (Data East Corporation)は、かつて日本に存在したゲームソフトウェア開発会社。

略称 DECO(デコ)
本社所在地 日本の旗 日本
東京都杉並区南荻窪4丁目41番10号
データイーストビル
概要 種類, 略称 ...
データイースト株式会社
Data East Corporation
種類 株式会社
略称 DECO(デコ)
本社所在地 日本の旗 日本
東京都杉並区南荻窪4丁目41番10号
データイーストビル
設立 1976年4月20日
廃止 2003年4月(東京地方裁判所破産を申請し倒産
事業内容
  • 家庭用テレビゲームソフトの開発
  • 電子機器の開発・製造・販売
代表者 創業者・代表取締役社長 福田哲夫
資本金 2億8250万円
主要子会社
  • Data East USA, inc.
  • Data East Pinball inc.
外部リンク 公式サイト(閉鎖)
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概要

福田哲夫東海大学工学部を卒業後に就職した測定器メーカーが、光線銃式のエレメカを開発した。そのことでアーケードゲームに興味を持ち、独立して創業。当初はアーケード部品の下請け製造を行っていた。

Data West社のような会社になることを目標とし、Data Westは"西"に対し東にある会社ということで社名が名付けられた。日本企業のデータウエスト社とは無関係である。

デコ(DECO、Data East COrporationの略)の愛称を持ち、「デコゲー」と呼される独特な世界観を持つ個性的な作品を数多く輩出した。また、DECOのロゴも存在しており、こちらは1992年まで使われた(以後は海外で使われているDEを模したロゴに統一)。1980年には業界初の、カセット交換によるゲーム入れ替えを可能とした業務用システム基板「デコカセットシステム」を発表した。同じシステムがさまざまな会社で現在も使われている。

ゲーム以外の領域でも、多角経営の観点から、世界初の専用回線不要のポータブルファクシミリ「データファックス2000」(1984年)を最初に、NTTドコモ衛星電話ワイドスター)用データ通信アダプター、救急車心電図伝送装置といった情報機器の開発、日本初の頭巾型防煙マスク「マイボーグ」(日本サイボーグ株式会社との共同開発)(1984年)、椎茸の販売、「販促戦隊デコレンジャー」など、独自路線を走っていた。

特色

自社広告にあった「ヘンなゲームならまかせとけ!」を筆頭にゲーム中の「さあ牛だ」(『空手道』)[1]、「アツクテシヌゼ」(『ならず者戦闘部隊 ブラッディウルフ』)、「我前に敵は無し」(『チェルノブ』他多数に使われ、データイーストのキャッチフレーズの代名詞とも言われる)、「いきなりクライマックス」(『エドワードランディ』)、「艶姿三強男之勝負拳(「トリオザパンチ」と読む)」(『トリオ・ザ・パンチ』)、「竜退治はもう飽きた」(『メタルマックス』)[2]等、独特で威勢の良い台詞やキャッチコピーが多い。

「ヘンなゲームなら」のキャッチコピーを考えたのは桝田省治[3]。開発担当者たちは他の企業と同じく大真面目にゲームを作っていたため、このコピーに「我々のゲームの何処が変なのか」と憤慨していたらしい。

販促戦隊デコレンジャー

ゲームのイベント会場で行われた戦隊ショー風の興行である。その内容は「何の前触れもなく登場、販促が目的のはずなのにゲームの宣伝を一切せずに帰っていく」というものだった。これに関して百万円単位の予算があっさり通過し、デビュー直前の会場で「社長、またやってしまいました」と事後承諾で行われたとされる。また、社長自ら「わしも出たい」と言いだしたとも伝えられる。

ピンボール

1986年にアメリカ・イリノイ州シカゴにデータイースト・ピンボール社を設立し、業務用のピンボール機製造も行った。日本のデータイーストは日本国内での輸入・販売を担当した。同社のピンボールは通称「デコピン」と呼ばれる。

発足にあたって、旧スターン社の創設者の息子、ゲイリー・スターンがジェネラルマネージャーとなった。マシンやゲーム内容は、旧スターン社の伝統を受け継いだというよりもウィリアムス社の影響を強く受けていたと言える。そして、ウィリアムス社に対抗すべく独自の技術やシステムを積極的に取り入れていった。

スターンらは、特にピンボール台の耐久性やメンテナンス性を上げるための研究に重点を置き、プレイフィールド面の耐久性の向上なども行っていた。1989年にはフリッパー用コイルの過剰な消耗の原因となる過電流やチャタリングを抑えるためにフリッパーボタンのオンオフをデジタル化したソリッドステイト方式フリッパーを開発し、「Robocop(ロボコップ)」で採用した[4]。また1年間のコイル交換不要保証を開始、「もしコイルが焼けてしまった場合は、無料で交換する」としていた。これによりフリッパー用コイルの寿命は飛躍的に伸びることになった。

1994年にデータイースト・ピンボール社はセガのアメリカ法人に売却され、セガ・ピンボール社が誕生した。その後、社長だったスターンが株式を買い取り(MBO)、現在のスターン・ピンボール社(Stern)となった。1999年に「スター・ウォーズ エピソードI」を最後にWMSインダストリーズ社がピンボール事業を撤退してから、2013年にJersey Jack Pinball英語版社が「The Wizard of Oz英語版」を発売するまで、スターン・ピンボール社が完全新作の台を製造する世界で唯一のピンボール・メーカーだった。

自己破産

1998年アーケードゲームから撤退、コンシューマ事業に絞り込むも、負債33億円で1999年11月に和議申請、債務の75%カットなどを条件として2000年7月に和議認可となった。同社はゲームとは無関係な副事業に手を出しており、以前に椎茸栽培(パッケージには同社ロゴ有り)に手を出して失敗したこともあった。さらにマイナスイオン発生装置などの新事業で再建をはかったが、2003年4月下旬東京地裁に自己破産を申請し、同月末を以てすべての業務を停止。同年6月25日に東京地方裁判所から破産宣告、7月7日付けの官報に掲載された。

倒産後

2004年2月、データイーストのゲームに関するライセンス携帯電話コンテンツ開発会社のジー・モードが取得した。

2007年9月、データイーストが保有していたゲームコンテンツのうち『ロボコップ』関連タイトルの知的財産権をD4エンタープライズが取得した。

それ以外の保有していた特許については、福田家の資産管理会社「タクトロン株式会社」に譲渡[5]。タクトロンは、その保有特許を侵害されたとして任天堂を数回提訴したが、いずれも棄却されている[5][6]

2023年現在、商標権並びにロゴの著作権、一部タイトルを除くライセンスはジー・モードが、『ヘラクレスの栄光』や『カルノフ』などの一部タイトルのライセンスはパオン・ディーピーがそれぞれ保有している。なお『メタルマックス』のライセンスはCygamesが保有している。

なお創業者の福田哲夫は、その後2015年に自らが設立した株式会社メトロネットの代表取締役であったが、2022年に自己破産している[7]

主な作品

アーケード

タイプは以下の通り

  • 基板または筐体:通常筐体
  • スロット筐体:スロットマシン
  • 占い:占いマシン
  • LD:レーザーディスク
  • MVS:Multi Video System
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稼働年 タイトル タイプ 備考
1977年 ジャックロット スロット筐体[8] デビューマシン
1978年 バルーン 筐体 風船割り『サーカス』のコピーゲーム。
1978年 バルーンミニ 筐体 風船割り『サーカス』のコピーゲーム。
1978年 テーブルバルーン 筐体 風船割り『サーカス』のコピーゲーム。
1978年スペースファイター筐体スペースインベーダー』のコピーゲーム[9]
1978年 スーパーブレイク 筐体
1978年 2in1 各種筐体
1978年ミラクルスーパー筐体ブロック崩し[9]
1979年 アストロファイター 筐体 初のオリジナルゲーム。基板は『スペースファイター』を流用
1979年 ファントム
1979年 サタ-ン
1979年 ナイスオン
1979年 モウルハンター
1980年 マッドライダー 筐体
1980年 オーシャントゥオーシャン スロット筐体
1980年 トマホーク777 筐体
1981年 テレジャン 専用筐体 雀卓をTV麻雀にしたものでコンピュータとの対戦はできない。4人分の麻雀コンパネが筐体の4辺に搭載されており、画面は大型ブラウン管の両サイドをマスキングして正方形に見立て、それぞれの手牌を仕切り板で覆って相手に見えないようにしている。風俗営業取締法(風適法の前身)下において麻雀用の許可を受けた[10]。雀荘向け専用筐体として、王位戦を主催していた麻雀用具販売の株式会社であるかきぬまが販売を担当した[10]
1981年 プロゴルフ 初版は9ホールだったが、後に18ホールものがリリースされた。大ヒットしたゲーム。
1982年 プロサッカー 基板
1982年 ディスコ・ナンバーワン 基板
1982年 ジュピター 改良版あり
1982年 コンピュートロン 占い
1982年 ラッパッパ 基板
1982年 グレイプロック 基板
1982年 プロサッカー 基板
1982年 トレジャーアイランド 基板
1983年 幻魔大戦 LD 同社初のレーザーディスク(LD)ゲーム
1983年 幻魔タロット LD、占い
1983年 ザ・ビッグプロレスリング 基板 開発はテクノスジャパン
1983年 ユーミン 占い
1984年 空手道 基板
1984年 対戦空手道 基板
1984年 ザビガ 基板
1984年 B-WINGS 基板
1984年 サンダーストーム LD
1984年 リバレーション 基板
1984年 イエローキャブ 基板
1984年 東京見栄診療所 占い
1985年 ロードブラスター LD
1985年 サイドポケット 基板
1985年 メタルクラッシュ 基板
1985年チャンバラ基板
1985年シュートアウト基板
1985年プロ野球入団テスト トライアウト基板
1985年撃墜王基板
1985年バッテンオハラのスチャラカ空中戦基板開発はテクノスジャパン。
1985年芸能人資格試験占い
1985年パフォーマン基板開発は東亜プラン
1986年強行突破基板
1986年ブレイウッド基板
1986年ダーウィン4078基板
1986年のぼらんか基板開発はコアランドテクノロジー
1986年ラストミッション基板
1987年SRD SUPER REAL DARWIN基板- 『ダーウィン4078』の続編。
1987年キャプテンシルバー基板
1987年カルノフ基板
1987年サイコニクス・オスカー基板
1987年ヘビー・バレル基板
1987年臥竜列伝三国志』をモチーフとしたアクションシューティングゲーム。
1987年魔境戦士基板
1987年ワンダープラネット基板
1987年ポケットギャル基板
1987年迷宮ハンターG基板Gはゴーストバスターズの頭文字から[11]
1988年チェルノブ基板
1988年コブラコマンド基板
1988年ドラゴンニンジャ基板
1988年スタジアムヒーロー
1989年ならず者戦闘部隊 ブラッディウルフ基板
1989年シークレット・エージェント基板
1989年ミッドナイトレジスタンス基板
1989年アクトフェンサー基板
1989年ファイティングファンタジー基板
1989年ロボコップ基板
1990年ダークシール基板
1989年空牙基板
1989年トリオザパンチ基板
1990年 クルードバスター 基板
1991年サンダーゾーン基板
1991年デスブレイド基板
1991年JOE&MAC 戦え原始人基板
1991年タンブル・ポップ基板
1991年エドワードランディ基板
1991年チャイナタウン基板
1991年キャプテンアメリカ基板
1992年ダークシールII基板
1992年超次元竜ドラゴンガン40型及びミニアップ型筐体
1992年ダイエットGo Go基板
1992年ウルフファング基板
1992年トワイライトスプレッド占い
1993年ファイターズヒストリー基板対戦格闘ゲーム[12]。カプコンの『ストリートファイターII』との類似性から、著作権侵害としてカプコンから訴訟を起こされ、のちに和解した(カプコン対データイースト裁判[12]
1993年ナイトスラッシャーズ基板
1993年ヘビースマッシュ基板
1993年ザ・グレイトラグタイムショー基板
1993年ミラクルアドベンチャー英語版MVS
1994年ファイターズヒストリーダイナマイトMVS
1994年ダンクドリームMVS
1994年フライングパワーディスクMVS
1994年ガンハード筐体
1994年ドリームサッカー94基板
1995年マジカルドロップ基板
1995年ダンクドリーム95基板
1996年マジカルドロップ2MVS
1996年スカルファング 空牙外伝基板
1996年スタンプ倶楽部写真を撮影してオリジナルのスタンプを作成するアーケード機。セガとの共同開発。
1997年マジカルドロップIIIMVS
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開発中止作品

  • チャンツェストーン - AC版のみ発売中止(1985年)
  • 空牙2 - 開発中止(1992年)
  • 闘牙 - 開発中止(1994年)

コンシューマ

1986年に『B-WINGS』をファミリーコンピュータ用ソフトとして発売して[13]以来、データイーストは家庭用ゲーム機にもソフトを供給し続けてきた。

前述の『B-WINGS』[13]のようにアーケードゲームからの移植版もあれば、『ヘラクレスの栄光[14]のように家庭用ゲーム機を初出とする作品もあった。一方、これらの作品の中には、"Captain America and The Avengers英語版"[15]のように日本での発売が見送られた例もあった。

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発売年 タイトル 機種 備考
1986年B-WINGSファミリーコンピュータ同名アーケードゲームのアレンジ移植[13]
コンシューマ参入第1弾。
1986年バギー・ポッパーファミリーコンピュータ[16]アーケードゲーム『バーニンラバー』の移植。
1987年ヘラクレスの栄光ファミリーコンピュータ『ヘラクレスの栄光』は、新宿エクスプレスの関連企業を介して、パオン・ディーピー(旧パオン)が商標登録。
1987年探偵 神宮寺三郎 新宿中央公園殺人事件ファミリーコンピュータ ディスクシステム[17]『神宮寺三郎』はワークジャムアークシステムワークスが商標登録。
1988年ドナルドランドファミリーコンピュータ
1988年ランペイジ英語版NES、ファミリーコンピュータアメリカでの販売と開発
1988年探偵 神宮寺三郎 横浜港連続殺人事件ファミリーコンピュータ
1988年探偵 神宮寺三郎 危険な二人 前編ファミリーコンピュータ ディスクシステム
1988年ビー・バップ・ハイスクール 高校生極楽伝説ファミリーコンピュータ
1989年ヘラクレスの栄光II タイタンの滅亡ファミリーコンピュータ
1989年探偵 神宮寺三郎 危険な二人 後編ファミリーコンピュータ ディスクシステム
1990年大怪獣デブラスファミリーコンピュータ
1990年リトルマジックファミリーコンピュータ
1991年サイレントデバッガーズPCエンジン
1991年ダークロードファミリーコンピュータ
1991年メタルマックスファミリーコンピュータ『メタルマックス』は、新宿エクスプレス→エンターブレインKADOKAWAを経て、Cygamesが商標登録。
1991年探偵 神宮寺三郎 時の過ぎゆくままに…ファミリーコンピュータ
1991年JOE&MAC 戦え原始人スーパーファミコン
1992年スーパーバーディー・ラッシュスーパーファミコン
1992年ヘラクレスの栄光III 神々の沈黙スーパーファミコン
1992年戦え原始人2 ルーキーの冒険スーパーファミコン
1993年キャプテンラングメガドライブ
1993年メタルマックス2スーパーファミコン
1993年戦国伝承スーパーファミコン
1993年ABCマンデーナイトフットボールスーパーファミコン
1994年Panic!メガCD海外での販売のみ担当。日本での販売及び開発元はセガ・エンタープライゼス
1994年戦え原始人3 主役はやっぱりJOE&MACスーパーファミコン
1994年サイド・ポケットスーパーファミコン
1994年シャドウランスーパーファミコン
1994年ファイターズヒストリースーパーファミコン
1994年ヘラクレスの栄光IV 神々からの贈り物スーパーファミコン
1995年ファイターズヒストリー 〜溝口危機一髪〜スーパーファミコン
1995年メタルマックス RETURNSスーパーファミコン
1995年マジカルドロップスーパーファミコン
1995年もってけOh!ドロボースーパーファミコン
1995年水滸演武セガサターン
1996年マジカルドロップ2スーパーファミコン
1996年マジカルドロップPlayStation
1996年水滸演武PlayStation
1996年水滸演武 風雲再起セガサターン
1996年CREATURE SHOCKPlayStation
1996年探偵 神宮寺三郎 未完のルポPlayStation
1997年ボイスアイドルコレクション 〜プールバー ストーリー〜PlayStation
1997年マジカルドロップIII とれたて増刊号!セガサターン
1997年マジカルドロップIII よくばり特大号PlayStation
1997年蒼穹紅蓮隊PlayStation
1998年慟哭 そして…セガサターン
1998年探偵 神宮寺三郎 夢の終わりに
  • PlayStation
  • セガサターン
1998年サイドポケット3PlayStation
1999年REVIVE…〜蘇生〜ドリームキャスト
1999年マジカルドロップIII+ワンダホー!PlayStation
1999年探偵 神宮寺三郎 Early CollectionPlayStation
1999年マジカルドロップF 大冒険もラクじゃない!PlayStation
1999年探偵 神宮寺三郎 灯火が消えぬ間にPlayStation
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元社員が関わっている企業

  • Urimina - 創業者で代表取締役社長だった福田哲夫が会長を務めているソフトウェア会社。
  • ワークジャム - 『神宮寺三郎』シリーズの権利を同社より引き継いで保有、同シリーズの製作を行っている。また、同社の元社員が在籍している。倒産後、エクスプライズが同シリーズの権利をアークシステムワークスに譲渡。
  • ユービーアイソフト - 同社の元社員だったスティーブ・ミラーは現在、日本支部の社長を就任している。スティーブは同社のゲームの英語音声の多くを担当し、『フライングパワーディスク』のイギリス代表のネーミングの元ネタになっている。
  • トンキンハウス - 東京書籍が1997年にゲーム開発会社「東京書籍メディアファクトリー」を設立した後、同社の元社員が数名移籍[18]。トンキンハウス消滅後はMAGES.に再移籍した。

当社から独立して設立した会社

  • テクノスジャパン - 同社の専務だった滝邦夫が独立して設立。
  • TAD - 同社の海外事業部(貿易部)の横山忠が設立。『カベール』『JuJu伝説』などの作品で知られる。倒産後、一部社員はミッチェルに移籍。
  • ミッチェル - 同社の元社員である尾崎ロイが社長を務める。TAD倒産後、ゲーム開発事業を行う。
  • ベアーズ - 同社の元社員が設立。当初はPC-8800シリーズのゲームソフトを開発していたが後にファミコンソフトに参入したショウエイシステムのゲームソフトを開発していた。
  • アイディアファクトリー - 同社の元社員が設立。
  • コンパイルハート - 同社の元社員が設立。アイディアファクトリーの関連子会社。
  • キャトルコール - 同社の元社員が設立。『メタルマックス3』の開発も担当。
  • 株式会社空想科学 - 同社の元社員が設立。『メタルマックスリターンズ』の開発も担当。
  • 新宿エクスプレス - 同社の草創期のメンバーだった角田末吉が独立して設立。同社の業務用ゲームの国内筆頭代理店であり、また全世界における業務用ゲームの独占的ライセンサーだった。

関連項目

  • ゲーマデリック - データイーストのサウンドチーム。
  • サイトロン・レーベル - 同社のゲームサントラCDを発売していたレーベル。
  • ジー・モード - 携帯コンテンツ運営会社。『バーガータイム』や『マジカルドロップ』など、同社のゲーム版権の過半数を取得している。
  • パオン・ディーピー - 旧パオン時代に『ヘラクレスの栄光』シリーズや『カルノフ』『チェルノブ』『空牙』『ウルフファング』『スカルファング 空牙外伝』『フライングパワーディスク』の権利を、新宿エクスプレスの関連企業から2004年に譲渡によって取得、各シリーズのライセンス・続編の製作を行っている。また仙台市にあった開発室もパオン・ディーピーに移管された。パチスロメーカー・大都技研のパートナー企業(社長が大都技研と同じ)である。
  • ウッドプレイス - 日本物産の元スタッフが設立した会社で、基板製造や販売流通はデータイーストが受け持っていた。
  • KADOKAWA - DE社の業務用ゲームの全世界における独占的ライセンサーであった新宿エクスプレスより、『メタルマックス』の権利を2009年にエンターブレインが正式取得したが、その後2013年に現在のKADOKAWAに吸収合併されて解散した。同時に保有する同ゲームの権利を委譲したもの。

脚注

参考文献

外部リンク

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