KTM-1

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KTM-1
КТМ-1
KTP-1
КТП-1
KTM-1 + KTP-1(モスクワ)(2019年撮影)
基本情報
製造所 ウスチ=カタフスキー車両製造工場
製造年 1947年 - 1961年
運用開始 1948年モスクワ市電
運用終了 1986年
主要諸元
編成 1 - 4両編成
軌間 1,524 mm
電気方式 直流550 V
架空電車線方式
最高速度 40 km/h
車両定員 KTM-1 116人(着席24、16人)
KTP-1 123人(着席24、15人)
車両重量 KTM-1 12.5 t
KTP-1 8.0 t
全長 KTM-1 9,940 mm
KTP-1 9,640 mm
車体長 KTM-1 9,760 mm
KTP-1 9,460 mm
全幅 2,500 mm
全高 3,400 mm
床面高さ 830 mm
車輪径 780 mm
主電動機出力 KTM-1 46 kw
歯車比 KTM-1 7.98
出力 KTM-1 92 kw
制御方式 抵抗制御、直接制御
制動装置 空気ブレーキ手ブレーキ電気ブレーキディスクブレーキ
備考 主要数値は[1][2][3][4][5][6]に基づく。
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KTM-1ロシア語: КТМ-1)は、ロシア連邦(旧:ソビエト連邦)の鉄道車両メーカーであるウスチ=カタフスキー車両製造工場が製造していた路面電車車両付随車KTP-1(КТП-1)と共に、第二次世界大戦後初の同社の新造車両として1947年から1961年まで製造された[1][2][3][4][7]

開発までの経緯

ウスチ=カタフスキー車両製造工場は、現:ロシア連邦ウスチ=カタフロシア語版に本社を置く鉄道車両メーカーである。1900年代初頭から路面電車製造事業に参入した同社は、1930年代以降ソビエト連邦の標準型車両であるKh形・M形電車の製造を実施していた。この形式はムィティシ機械製造工場(現:メトロワゴンマッシュ)によって1920年代に開発された車両で、同社が地下鉄向け車両の製造に重点を置く事になったため生産を受け継いだものだったが、第二次世界大戦大祖国戦争)の影響で生産は中断した。その後、終戦を経てウスチ=カタフスキー車両製造工場は路面電車車両の生産を再開したが、その際にKh形やM形から車体設計や機器を刷新した車両を開発する事が決定した。これがKTM-1およびKTP-1である。形式名の「K」は同社の正式名称(Усть-Катавский вагоностроительный завод имени С. М. Кирова)にもある、ソ連の革命家であるセルゲイ・キーロフ(С. М. Кирова)にちなんで付けられた[1][2][4][8]

構造

利用客が少ない中小都市での使用を前提としたため、2本の車軸のみを持つ二軸車として設計され、必要に応じて適宜増結が可能な仕様となっていた。運転台や主電動機集電装置が搭載された電動車KTM-1と、それらの設備・機器を持たない付随車KTP-1が製造されたが、双方ともループ線が終端に設置された路線での運用を前提としていたため、乗降扉は右側2箇所にのみ存在し、KTM-1の運転台も片側に設置されていた。またコスト削減のため、両形式は全金属製車体を含め構造の大部分が統一されていた[1][2][9]

中小都市での使用を考慮した事で電気機器は簡素な構造となっており、運転台からの速度制御には主電動機に流れる電流を直接制御器(ハンドル)で操作する直接制御方式が採用された。制動装置は通常時に空気ブレーキ手ブレーキ、非常時に電気ブレーキ(KTM-1)が用いられた他、台車にはディスクブレーキが搭載されていた[2][4][10]

運用

保存

脚注

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